カテゴリー「ピーナッツ・書籍」の446件の記事

2024.02.20

訂正

なぬびさんからツッコミが入りました。

2月17日の "スヌーピー・プレゼンツの新作「おかえり、フランクリン」を観る" におきまして、

チャーリー・ブラウンの父親は軍隊にいたことがあり、除隊して理髪店をしている、ということになっていました!「ヨーロッパの旅」では従軍していたのは祖父だったじゃないですか。

…と書きましたが、彼の父親は戦争に行ってました。

1968年8月1日のストリップで、チャーリー・ブラウンはフランクリンとの会話で父親のことを "He was in a war, too" と言ってました。これは見落としてました。

しかしチャーリー・ブラウン、サラッと言いますな。

それに続いて、"But I don't Know which one" 「どの戦争かは知らない」と言っており、父親は戦争に行ったことだけを伝えてそれ以上の詳しい話はしていないということですな。

彼の父親が参加した戦争はどれでしょう。年齢を考えると朝鮮戦争(1950-1953)ですかね。除隊して理髪店を始めてキャリア15年というところでしょうか。

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続く翌日の "「おかえり、フランクリン」を観る:その2" でも事実誤認がありました。

予告編のみの描写ですが、フランクリンはこれまでアメリカ国内だけでなく、フランス、イギリス、ハワイ州、日本などにも住んでいたようです。

…と書きましたが、本編にもありました。

いかんですな。

以上2点、訂正します。

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2024.02.15

シュルツさんの命日を過ぎて

シュルツさんの命日も、連載最終回記念日も過ぎてしまいましたね。

ということで(?)今更ですが、連載最終回などについて思うところを書きます。

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1999年11月16日(火)、シュルツさんは仕事中に倒れ病院に運び込まれました。この日、シュルツさんは2000年1月1日(土)用のデイリー版を描いていたようです(ここまでの仕事は無事新聞に掲載されてますが文字入れはまだで、後でペイジ・ブラドックがPCでシュルツ・フォントを使って入力したようです)。

診断は腹部大動脈閉塞でした。一応手術は成功し11月30日に退院しますが、その後再入院を繰り返しています。

シュルツさんは最早創作活動ができないことを悟り12月14日に「引退宣言」し、世界中が激震したのでした(余談ですが、当時は上記のような深刻な状況とは知らず、お疲れ様でした、ゆっくり余生を過ごしてください、などと呑気に思っていました)。

描きためてあったストリップは、デイリー版が上記の通り1月1日まで、サンデー版が2月6日までありましたが、この「引退宣言」でデイリー版の最終回が2000年1月3日(月)、サンデー版が2月13日になることが併せて発表されたのでした。

この後の最終回掲載までの流れ(ペイジ・ブラドックらによるコラージュなどのPCでの編集作業など)は、諸々の書籍に書かれており広く知られていると思います。最終回で使われた絵は、1999年11月21日のサンデー版の使いまわしで、添えられたシュルツさんのコメントは口述されたものなので自筆ではなく活字でした(シュルツ・フォントを使う手もあったと思いますが、画がタイプするスヌーピーだったので良かったのでしょうか)。退院後のシュルツさんは一筆も描いていないのでした。

そして、1月3日にデイリー版最終回が掲載され、2月13日にサンデー版最終回が掲載されましたが、シュルツさんは2月12日に亡くなりました。

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ワタシが注目したいのは、シュルツさんが仕事中に倒れたことで、その時に描かれていたストリップが遺作となったことです。

遺作となったストリップは創作作業の真っただ中にあったものであり、その時のシュルツさんには恐らく引退はおろか死の影すら無かったわけです。つまり、これが最後だとか、筆を折るつもりで描いたストリップは一片も無いということになります。

ですから、ワタシはシュルツさんにはスワン・ソングは存在しないと思っています。最終回もそれに当たらないと思っています。ですので、芸術新潮2013年10月号に載っていた、最終回をして「読むたびに目頭が熱くなる」とか「最後の最後までキャラクターと誠実に向かい合おうとした気概を感じる」とか変な賛辞を送っている人の記事を読んで、なんだかなぁと思ったものです。

同じ芸術新潮2013年10月号で、英語教科書にピーナッツを取り入れる際のエピソードとして、サンデー版を3つ使う事になっていたところシュルツさんが亡くなったので一つを最終回と差し替えた、というのが紹介されていましたが、ジーンさんの「遺作にばかり関心が集まっている」という危惧により、最終回の使用が認められなかった時期があったことが裏話として書かれていました。

この筆者はその「危惧」について、「高潔な姿勢に拍手を送ってあげたい」とか、「ピーナッツギャングという家族を守ろうという矜持にすら感じられた」という感情を綴っていますが、ワタシは別の考えを持ちました。

最終回はシュルツさんの想いは綴られていますが新規に描かれたものではなく、残酷な言い方になりますが後書きのような内容で、漫画として面白いと言えるものではありません。

ジーンさんの中には、作品として不十分で面白くもない最終回よりも、もっと面白いものが他にいっぱいあるではないか、という思いもあったんじゃないでしょうか。ジーンさんの「危惧」はそこにあったんじゃないでしょうかねえ。

最後にシュルツさんの想いを伝えて最終回を迎えたというのも、作者の死により尻切れトンボで終わるコミックがある中、ある意味理想的な最終回だったのかもしれませんが、必要以上に持ち上げるのはどうかな~と思う次第です。。

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2024.01.16

月刊スヌーピーの思い出:補足その2

月刊スヌーピーを読んで驚いたことをもう一つ。

それはライナスの変化です。

ピーナツ・ブックスの登場人物紹介でライナスは「毛布と指しゃぶりがやめられない天才未熟児」という風に書かれており、紙上では実際にそのようなキャラクターだったわけですが、70年代の彼はちょっと違いました。

ほとんど、というかもう全然毛布を持っていないんですよね。登場人物紹介でも「最近は毛布を持たなくなった」とか書かれていました。

シュルツさんの70年代に録られたインタビュー映像を観たことがありますが、そこで「登場人物の中で一番成功するのはライナスだろう。彼はいずれは毛布を卒業する」という風なことが語られていました。シュルツさんはそれを実践していたわけです。

毛布を持たないライナスは知的で大人びたいいキャラでしたし、話しも面白かったので、ワタシは結構それを歓迎していましたし、シュルツさんは毛布が足枷になっていたのかな~とか思っていました。

毛布が無かったからこそ、トリュフのエピソードなんかが作られたんではないでしょうか。

余談ですが、トリュフは月刊スヌーピーでは「しょうろ」となっていました。谷川さんってば翻訳してしまったんですね。しかし「トリュフ」が正しいのかといえばそうでもなく、彼女はアメリカ人ですから本当は「トラフルズ」なのです。またしても谷川さんは翻訳してしまったわけです。もっと言いますと、フランス語の「トリュフ」と英語の「トラフルズ」では綴りが違うので、やはり「トラフルズ」にするべきではなかったのではないかなとワタシは思ってます。

結局ライナスはしょうろに失恋するわけですが、この失恋エピソードはピーナツ・ブックスには未収録となり、しばらくは月刊スヌーピーでのみ読むことができるというレア・エピソードになったのでした。

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2024.01.15

月刊スヌーピーの思い出:補足

昨日書いた記事の補足です。

70年代前半はコミックだけでなく、グッズに使われていた図柄もほとんど60年代のものだったと思います。

所謂ワタシが違和感を覚えたような図柄のTシャツなんかが出てきたのは1976年頃からじゃないかな~。

まあつまり、それだけ70年代のコミックが入ってきていなかったということですね。ですからTシャツなんかに "SNOOPY & WOODSTOCK" と書いてあっても、使われている図柄はウッドストックと命名される以前のものだったりしたわけです。

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2024.01.14

月刊スヌーピーの思い出

私的50周年なので回顧録などを…。

 

ワタシがピーナッツのコミックを読み始めたのは1974年のことでした。

媒体は鶴書房のピーナツ・ブックスでしたが、やがて月刊スヌーピーの存在も知ることになります。

初めて月刊スヌーピーを読んだのは1975年1月号で、同じピーナッツ好きの同級生が「こんなのを見つけた」といって学校へ持ってきたのが最初の出会いでした。

初めて読んだときは衝撃でした。何が衝撃だったかと言いますと、絵柄が私の知っているピーナッツと違っていたからです。

1974年当時、ピーナツ・ブックスに収録されていたコミックは最も新しいものでも1970年のもので、60年代までのものがほとんどを占めていました。

しかし、月刊スヌーピーはほぼ最新のコミック(厳密には季節を合わせるため1年遅れ)が掲載されており、いきなり3年という時間の跳躍をしてしまったわけなのですが、ちょうどこの時期にシュルツさんの絵柄が大きく変化してたんですね。

主な違和感は、「スヌーピーが犬小屋に寝ると頭が長方形っぽくなる」「人間キャラの下唇が妙に引っ込んでいる」といったところでしょうか。特に前者は絵柄の崩れにしか思えなくて結構抵抗感がありました。

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まあそれはそれとしまして、それからは友人の買う月刊スヌーピーを借りて読むという生活が始まりました。毎月26片の平日版と4片のサンデー版の新作が読めるということに幸せを感じていたものです。

そのうちに友達に借りてばかりというのも悪いので(それはそうだ)、1977年からは自分で買うようになり、1979年の廃刊まで買い続けました。

ちょうどこの頃から投稿欄が荒れたり判型が2度も変更となったりと廃刊まで迷走し続けました。この時期の月刊スヌーピーは中古でも見かけることが少ないんですが、リアルタイムで買っていたお陰でコンプリートできました。

投稿欄のことについて書こうかと思いましたが、当時を思い出して暗くなりそうなので止めます。

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その後、ワタシは月刊スヌーピーを処分することもなくずっと保管していました。

コンプリートしようという気は全くなかったんですが、前述の友人からバックナンバーを譲り受けたり、たまたま立ち寄った駅前の古書市で大量発見して買い漁ったなんてこともあり、手持ちのコレクションは増えていきました。

町田の古書店で大量発見した時は、いざお金を集めて買いに行ってみたら無くなっていて、店員に訊いたら他店に送る予定で梱包されていました。開封してもらって大量に買いましたが、この時は一期一会というのを強く感じましたね。

そのあと2000年に拙サイト"LOCAL CACTUS CLUB" を立ち上げることにした時にコンプリートしようと思い立ち、確認してみると不所持の巻が十数冊となっていました。そこからは古書サイトやオークションでコツコツと集めました。

2002年に辰巳出版から発売されたムック「ピーナッツ・ブティック2」にワタシの月刊スヌーピーのコレクションを掲載してもらったんですが、紐解きますとその時にはコンプリートまであと2冊になっていました。今思いますとコンプリート出来ていない段階で掲載してもらったのはお粗末でした。

コンプリート出来たのは2004年頃だと思います。

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月刊スヌーピーの何が大事かといいますと、70年代のファン気質や風俗などがわかることでしょうかね。

また、ピーナッツ全集が刊行されてしまった今ではあまり大したことではありませんが、ライラ登場回やフランクリン登場回はピーナツ・ブックスには未掲載でしたので希少価値はありました。

月刊スヌーピーで読むまではライラは映画「スヌーピーの大冒険」用に作られたキャラだと思ってました。そういう人は多かったかもしれません。

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2024.01.01

2024謹賀新年

明けましておめでとうございます。

本年も拙ブログ"Joe Cool Struttin"および、拙サイト"Local Cactus Club"をよろしくお願いいたします。

個人的な話ですが、昨年でワタシは還暦となり、新年はワタシがピーナッツを読み始めてから50周年のアニヴァーサリー・イヤーであります。

長い付き合いになりました。歳も取りました。しかしまだままだこれからです。生涯読者として頑張っていきます。

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今年は何が起こるでしょうか。

映画は多分来年以降でしょう。

Apple TV+ のフランクリン主演の新作アニメ配信には期待しています。"Camp Snoopy" もどんな作品になるのか楽しみです。

また、リー・メンデルソン・フィルム・プロダクションズが新しいサントラ盤を発売してくれることを祈っています。

そして、年末には河出書房新社からの新刊発売。これもよろしく頼みたいところです。

あと、Kaboom社のグラフィックノヴェルの翻訳本が出てもいいんじゃないでしょうかね。どこかの出版社で出してくれないもんでしょうか。

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2023.12.31

2023年私的ピーナッツ10大ニュース

いよいよ大晦日です。

毎年恒例にしている私的ピーナッツ10大ニュースですが、まず拙ブログの状況について。

今年は、1月から5月までの5か月間ブログを全く更新しない期間がありました。ちょっと燃え尽きていたんですよね。

この傾向は2022年から始まっていまして、この年はひと月に1記事だけという月もあったりして、12か月で26件しか記事を書いていませんでした。これはもうブログなんかやめちまえレベルですよね。

一つは「ピーナッツ全集」の完結が大きかったと思います。

復活の契機は、I ♡ SNOOPYのオフ会で知り合った方からの「ブログが読みたい」というお言葉でした。そこからまたやる気を出して、とりあえず2023年は6月から12月で50件の記事を書きました。まあ最低限このくらいは書きませんとね。来年も頑張っていこうと思います。

鈴木さん、感謝してます。

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本題です。今年のランキングはこんな感じです。

1位:"A Charlie Brown Thanksgiving" の音質良好なサントラ盤発売
・・・これは本当に素晴らしかった。やはり"リー・メンデルソン・フィルム・プロダクションズ"というプロデューサーの会社がリリースしているというのが良かったんでしょう。よくわからないレーベルからMEトラック音源でリリースされた「ハロウィン」のサントラとは比較になりませんな。こっちの会社から良好な音質で出し直してほしいもんです。

2位:「スヌーピーがいたアメリカ」「スヌーピーの会話術」「チャールズ・M・シュルツと『ピーナッツ』の世界」など書籍が相次いで発売
・・・そして「スヌーピーの会話術」はまだ読んでいないことに気付くのであった。…つまり読む気が起こらないということです。一応買いますが、ピーナッツを題材にしたこの手の本はもう食傷気味ですね。その他の2冊はとても素晴らしものでした。

3位:「スヌーピーのショータイム!」「マーシー、あなたは特別」などApple TV+で新作アニメ配信
・・・「スヌーピー・プレゼンツ」を冠した新作は、今年は「マーシー、あなたは特別」1作のみでちょっとペースダウンしたかな、とは思いましたが、まあかつてのTVスペシャルは年1作だったわけですから贅沢を言ってはいけないのかもしれません。来年も新作の予定がありますし、映画の情報も出ました。今後にも期待。

4位:Apple TV+ でピーナッツ名作シリーズが大量配信され、ほぼ全てのアニメが観られるようになる
・・・残すはいわく付きの6作品のみとなりました。これらが配信されるかどうかはわかりません。そのほかアニヴァーサリー・イヤーにアメリカのテレビで放映されていた特別番組とかを発掘して配信してもらえるとありがたいですがね。

5位:I ♡ SNOOPY オフ会に参加
・・・今年はオフ会に2回参加しました。オフ会は楽しいですし、積極的に参加したいです。ワタシは元々SNSには興味が無かったんですが、はっきり言ってオフ会に参加したいがために始めたようなもんです。もっと言うとビールが飲みたいだけなのかもしれません。半面スヌーピー朝活は休止状態に。

6位:シュルツさん、故人長者番付で5位にランクアップ
・・・昨年の10位から盛り返しました。ワタシは新刊が出たら買うことで貢献してますよ。

7位:ジョージ・ウィンストン死去
・・・ワタシは大ヒット・アルバム「オータム」からのファンでした。彼は少年時代の1965年に「チャーリー・ブラウンのクリスマス」の本放送を観て翌日すぐにサントラ盤を買いに行ったという筋金入りのピーナッツ・ファンで、1988年のアニメ「スヌーピーと合衆国憲法」では音楽を担当しました。個人的には計画されていたヴィンス・ガラルディの3枚目のカヴァー・アルバムが発売されずに終わったのが残念でしたね。

8位:3代目ルーシー・ヴァンペルト役の一城みゆ希死去
・・・毎年昭和のピーナッツ声優の訃報が出ます。悲しいことです。

9位:公式はシュルツさんの誕生日も連載開始記念日も祝わないことを知る
・・・これはもう諦めるしかないですな。しかしブログのネタにしそう…。

10位:ショップ、イベント、ミュージアムなどには全く行かず
・・・これはもう興味がそっちへ向かないのでどうしようもありません。しかし、ひょっとしたら「スヌーピー・ワンダールーム」については冷やかしに行くかもしれません。

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てな感じで10大ニュースでした。

拙ブログにご来訪の皆様、大変お世話になり誠にありがとうございました。新年もよろしくお願いいたします。

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2023.12.15

「"日本での人気はグッズ先行"史観」に物申す!

先日刊行された「チャールズ・M・シュルツと『ピーナッツ』の世界」はとてもいい本でしたが、突っ込みどころが無いわけではありません。

例えば、P150に「日本での『ピーナッツ』人気は、学生の坂野光子がスヌーピーのぬいぐるみをニューヨークから持ち帰ったことがきっかけで始まった」という記述があります。ピーナッツ人気=ぬいぐるみのヒット、という論調です。

2019年のスヌーピー・ミュージアム展の図録には「スヌーピーが日本にデビューしたのは1960年代終わりのことで、主役はキャラクター商品でした。コミックもいくつかの媒体で出版されましたが、こちらはあくまで脇役で、バッグや文房具、ぬいぐるみなど、スヌーピーの顔をあしらった小物の引き立て役にとどまります」と書かれています。

前者はチャールズ・M・シュルツ・ミュージアムのキュレーターであるベンジャミン・L・クラークかナット・ガートラー、後者はチャールズ・シュルツ・クリエイティヴ・アソシエイツの出版部門ディレクターであるレックス・ファハルドという、所謂ピーナッツ業界においてはそれなりに権威のある人によって書かれたものです。

ワタシは、このように日本の国内事情を知らないであろうアメリカ人によって、「"日本での人気はグッズ先行"史観」というものが勝手に定説にされてしまうことを大変危惧しています。何故彼らはこのように見知ったようなことを書くのでしょうか。ここにはもっと検証のメスを入れなければならないと強く思います。

ファミリアがスヌーピーのぬいぐるみを販売開始したのは1970年です。1973年には年間11万3000個を売り上げており、確かにヒットしています。

しかしです。いくら可愛いからといって、無名の白黒の犬のぬいぐるみに単独でヒットする力があるでしょうか。

シュルツさん自身も「最初からライセンスするつもりでキャラクターを創れるのか、わたしにはちょっとわからない。キャラクターはまずその存在を認められ、性格と容姿を確立しないと、価値を高められないのではないか」と発言しています。

アメリカでは50年代からピーナッツのキャラクターグッズが販売されヒットしていますが、先にコミック人気による知名度があったからこそヒットしたのだと考えるのが妥当ではないでしょうか。そしてこれは日本にも当てはまることだと思います。

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日本では1968年に鶴書房から翻訳本が刊行開始されました。所謂ピーナツ・ブックスですが、それ以前にも原書で読んでいる一定数のファンも存在していました(彼らは翻訳本が出ることでピーナッツ人気が一般に広がってしまうことが不愉快だったようです)。コミックはそれなりに浸透していたのです。

ピーナツ・ブックスの実売数はわかりませんが、同じ鶴書房刊行のコミックで比較すると、「ブロンディ」が6巻止まり、「ビートル・ベイリー」が10巻止まりであったのに対し、ピーナツ・ブックスは60巻を倒産する1979年までに刊行しており、このことでヒットしていたことが証明できます(倒産理由は労務倒産であり、必ずしも売り上げ不振ではない)。巻末の広告ページを見れば、重版もされていたことが確認できます。月刊スヌーピーも1971年から1979年まで刊行されました。これで「コミックは脇役」と言い切れるでしょうか。

翻ってキャラクターグッズですが、1970年代前半においてはファミリアのぬいぐるみや服飾、サンリオの文具系グッズが人気でしたが、ホールマークは売り上げ不振で撤退しています。キャラクターをあしらったお菓子は(意外かもしれませんが)1975年に初めて発売されました。

断言するにはまだ論拠が足りませんが、ワタシはコミックの人気、岡崎友紀によるリスペクトや布教(70年代のアイドルの影響力を侮ってはいけない)、「スヌーピーとチャーリー」「スヌーピーの大冒険」といった劇場用アニメ公開が合わさったことにより更に人気が高まり、キャラクターグッズのヒットにつながったのではないかと推測します。つまり"日本での人気はグッズ先行"の真逆ではないかと。

また、ワタシ個人の体感としても、先にコミックを読む子供達(原作ファン)がいて、後からグッズファンが台頭してきて原作ファンを駆逐していったという印象です。キャラクターグッズの盛り上がりは1970年代後半に入ってからではないでしょうか。

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先にワタシは「何故彼らはこのように見知ったようなことを書くのでしょうか」と書きました。おそらく彼らはキャラクターグッズの売り上げが高く書籍の売り上げが低い今日の日本の状況を見て、はじめからそうだったのだろうと決めてかかっているのです。

とにかく、この問題はまだまだ検証する余地があり、アメリカ人による歴史の押しつけは大変危険であると思います。

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2023.11.28

「チャールズ・M・シュルツと『ピーナッツの世界』」を読む

年末恒例、河出書房新社のピーナッツ系配本の「チャールズ・M・シュルツと『ピーナッツの世界』」を読みました。

副題の「スヌーピーの生みの親の創作と人生100」の「100」というのはシュルツ・ミュージアムに所蔵されているものから100を選んだ、という意味だったんですね(厳密には所蔵物と表現するには微妙なものもありますが)。

しかし、でかい本です。

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iPhone SE との比較画像です。これだけ大きければそりゃ4290円もしますね。発売前にバカ高とか書いてすいませんでした…。

内容は素晴らしいです。これぞ図録って感じですね。一人の芸術家の人生を網羅した図鑑としてとてもグレードが高いものになっております。

スヌーピー・ミュージアムではおかしな文を書いていて不安だったベンジャミン・L・クラークも、この本では本家キュレーターとして真っ当な仕事をしています。もう一人の執筆者ナット・ガードラーが序文で「この人の伝記は、薄くて手軽なものから分厚い研究書まで、何十冊も書かれています。どれも読めば新しい発見があり(ときには間違いも教えられ)ますが…」と書いており、いやいやアンタの相棒は日本じゃ結構やらかしてるんですけど、と突っ込まざるを得ませんでしたが。

細部に関しては、先に「スヌーピーがいたアメリカ」と「スヌーピーの父チャールズ・シュルツ伝」を読んでいたからこそ深く理解できるところもあり、この本でなく他の書物を読んでおくことをお勧めします。

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2023.11.26

シュルツさんの誕生日2023

今日はシュルツさんの101回目の誕生日です。

8月10日のスヌーピーの誕生日(スヌーピーの日)や10月2日の連載開始日(スヌーピーの日…なんで?)に比べると地味(?)なのかもしれませんが、今日における一大産業の創始者のような方の誕生日ですよね。関係各社の皆さんはお祝をしているでしょうか?

一応、公式サイト(https://www.snoopy.co.jp/)は確認しました。

X(旧ツイッター)も、snoopyjapan(@snoopyjapan)、SNOOPY MUSEUM TOKYO(@snoopy_m_tokyo)、SNOOPYchaya(@Snoopy_chaya)、PEANUTS Cafe(@peanutscafe2015)、snoopychocolat(@snoopychocolat)、WOODSTOCK NEST Sweets & Goodies(@woodstocknestjp)などを確認しました。

フェイスブックの"Snoopy Japan"、"PEANUTS HOTEL"も、SNOOPY TOWN SHOPのスタッフブログも確認しました。

解っちゃいましたが、祝っていませんね。

10月2日にも書きましたが改めて書きます。

皆さん誰のおかげで食べれてんですか?

まあ正直、一般の方からもあまり祝われていませんのでやっぱりマイナーな日なんですかね。

そんな中、枚方市立楠葉図書館(@hirakuzuha_lib)の対応はとても素晴らしいですね。

 

これは絶対に好きな人がいないとできませんね。地域の方にはぜひ行っていただきたいと思います。

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ついでにスヌーピーミュージアムの新企画「スヌーピー・ワンダールーム」についてもXを確認してみましたが、「スヌーピーファンとして何か寄贈したい」と呟いている人が1名、「着なくなったスヌーピーのアパレル提供したいけど、郵送はできないのか…」と呟いている人が1名という感じ。とりあえず「寄贈しました」というのは無いですな。

フェイスブックはシェアはされていますけど、特に寄贈についてコメントしている人はいませんね。

やっぱりダメじゃないんですか?

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