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2023年8月

2023.08.20

「きみの大好物はなに?」展の図録を読む

スヌーピーミュージアムで2023年7月まで開催されていた「きみの大好物はなに?」展の図録を読みました。

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ドキドキしながら序文を読みましたが、特に問題はありませんでした。よかったよかった(念のためですが、ワタシはもうスヌーピーミュージアムには行かないことにしています。図録だけ買って読んでます)。

食がテーマの展示会だったわけですが、こうして図録を読んで改めて考えてみますと、シュルツさんは食のバリエーションは少ないですな。

朝食は大抵シリアル。昼食は大抵ピーナッツバターサンド。夕食は…ドッグフード。

そういえば、人間たちの夕食のシーンってありませんね。大人を出さないという性格上、夕食のような団欒は描けなかったということですな。同様に休日の昼食なんかも出てきません。

あと、シュルツさんは自分の食の好みを作品に反映させすぎですな。自分が嫌いだからって登場人物全員をココナッツ嫌いにするというのは、多様性の面から考えてもあまり良くないように思えます。業界からの反発はなかったんでしょうかね?

・・・・・・

そのほか。

チャーリー・ブラウンが初期に食べていたシリアルの「スニッカースナック」は実在しない創作物だったんですな。まあ漫画に既存のトレードマークを出すわけがないので、そりゃそーか、てな感じですね。

巻末に菓子研究家の福田里香さんのエッセイが載っています。タイトルは、『「ピーナッツ・ブックス」とわたし』となっていますが、読んでみると「ピーナツ・ブックス」についての内容でした。「ピーナツ・ブックス」は「ピーナツ・ブックス」であって、「ピーナッツ・ブックス」ではありません。今日ではPeanutsはすべてピーナッツと表記する、とかいうような理由で校正されたんだとしたら残念です。書名というのは固有名詞なんですから校正したらいかんですよ。福田里香さんが最初から「ピーナッツ・ブックス」と書いていたら?うーん、逆に「ピーナツ・ブックス」に直さないと。

それはそれとして、この人は多分ワタシと同世代なんだろうと思いました。「なんておもしろいんだと夢中で読んだのを覚えています」って書いてますよ!ほら、ちゃんと場さえ提供されていれば小学生だって読みますし、読めば面白いんですよ。成熟した大人の読み物とかいって高いところに上げるのは間違いなんですよ!改めて声を大にして言いたいです。

ただ、この人は「フード・ネタ満載」と書いてますが、ここだけちょっと違和感がありますな。そんなだっけ?

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2023.08.18

「マーシー、あなたは特別」を観る

Apple TV+ で本日「マーシー、あなたは特別」が配信開始されました。

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観る前は、生徒会選挙がメインでゴルフがサブだと思っていましたが、実際は逆でした。生徒会の仕事に忙殺されたり、ゴルフでパトリシアに振り回されたり、という所謂苦労する話だろうという予想も外れましたね。

今回のマーシーのキャラ付けは、「人の役に立ちたい。アイディアはたくさん持ってる。だけど内気だから表立ってやるのは苦手。ひっそりと私流にやりたい」という女の子です。ゴルフのキャディーは陰で支えるもの、生徒会長は表に立って活躍するもの。マーシーは人の役には立ちたいんですが、生徒会長のように振舞うのは苦手、キャディーの方が性に合っている、ってことですな。

しかしどうなんでしょうね~。この作品の大きな問題点は、マーシーが非常にゴルフに詳しいというところです。

彼女はとても優秀なキャディーであり、ペパミント・パティに的確な指示を与えます。更にはゴルフ愛を語るシーンも。しかし本来のマーシーはスポーツに全く興味がない完璧なスポーツ音痴ですからね。ちょっと無理のある設定かな、と思いました。

それはそれとして、マーシーの的確な指示に正確なショットで応えるパトリシア。本作の2人は本当に素晴らしいバディであります。いい話ではあるんですよね。

ペパミント・パティは予選でJoe R. と対戦して勝利します。Joe R. というのはジョー・リッチキッドですな。しかし、彼のキャディーは、His Caddy ではなくロイでした(通じてます?)。His Caddy ってジョーよりもキャラが立ってて好きだったんだけどな~。His Caddy には原作のようにマーシーと絡んでほしかった。因みに、ジョーはロイの指示を聞かずにミス・ショットしたりします。

そして決勝では、何とジョー・クールとチボーとの三つ巴え。チボー、おまえゴルフやってたんかい?そして何とチボーのキャディーはホセ・ピーターソン!最近のアニメ(「アイ・ラブ・スヌーピー」以降)では、チャーリー・ブラウンとペパミント・パティは同じ学校に通っている設定になっていますが、本作で目立っているフランクリン、チボー、ホセ・ピーターソン、ロイ、ジョー・リッチキッド、あとマーシーもですが、彼らはみんな本来はペパミント・パティ人脈なんですよね。これは制作陣が意図的にやっているんではないかと思います。

あと、カーリンというとてもよくできた低学年の女の子が出てきます。彼女はマーシーの縁の下の力持ち的な部分の理解者で、最後、マーシーの背中を押すいい役どころです。彼女は、マーシーのことを"ma'am"と呼びます(吹き替えでは「マーシーさん」になっていましたが)。これはマーシーがパトリシアを"sir"と呼ぶので、その対としてこう呼ぶようにしたんでしょうな。しかし"sir"も"ma'am"も適切な日本語訳が無いですな。映画「がんばれ!スヌーピー」で"sir"が「おねえさま」になっていたのも懐かしい思い出。

そのほか気になったこと。

①今回はかつてなくポリコレに配慮している感じがしました。そもそもフランクリンが生徒会長というのがポリコレっぽいですが、ガヤでとてもたくさんの黒人が登場します。まあ学校が舞台で、今回のようなたくさんの生徒が出てくるエピソードがこれまで無かったといえばそれまでなんですが。

②ペパミント・パティはスヌーピーのことをずっと鼻の大きい子と呼んでいたので、まだ犬と気付いていない時代設定でしょうか?スヌーピー(ジョー・クール名義)も犬なのに学校の選手権に出場しているなんて…いや、これを突っ込むのは野暮ですね。

③マーシーは立候補していないのに生徒会長にさせられてしまいました。フランクリン曰く記名投票(字幕では"write-in vote")で票が多かったとのことですが、普通だったら無効票ですよね。アメリカは違うんでしょうかね?

④学校の名前が「パインクレスト小学校」でした。これは原作で1990年に出てきた設定ですが、こんなところで出てくるとは(前のアニメでも使われていたらごめんなさい)。

⑤ルーシーがチャーリー・ブラウンに向かってまたしても「この石頭!」と言ったりしてます。これは「アイ・ラブ・スヌーピー」でも頻発してましたが、英語の"You Blockhead !" は「このアホウ!」みたいな意味ですので、日本語の「石頭」とは全然違います。勘弁してほしいですな。

⑥マイナー・キャラの出演がすごい。

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こんなに出ていたのか!しかも「その他大勢」ではなく、ちゃんとクレジットされているのが更にすごい。

⑦音楽のジェフ・モローもどんどん良くなってきますな。サントラが欲しいぞ!

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てな感じで。次回はフランクリン主役だ!

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2023.08.17

「スヌーピーがいたアメリカ」エピローグ~訳者あとがきを読む

いよいよエピローグまできました。

エピローグでは大どんでん返し、7章までに書かれてきたことが全部覆されるような衝撃的な内容になっています…って、まあ、ピーナッツを年代順に読んでいればわかることなんですが、端的に言えば飽きられちゃったんですね。

7章までで書かれてきたことは、せいぜい80年代までのことで、ピーナッツが社会的影響力を持っていたのもその頃までということですな。90年代になると、それまで進歩的・実存主義・中道左派と捉えられていたシュルツさんは、その優柔不断な作風ゆえに保守派・伝統主義・右派と捉えられるようになっていました。

晩年のインタビューの、
イ:あなたはどちらかというと保守ですよね
シ:いや、私はリベラルですよ
イ:じゃあ何でロナルド・レーガンと仲いいんですか?
というやり取りは笑っていいのか何なのか…。

ピーナッツの末期について、この本でははっきりと「きらめきを失った」という表現がされていますが、これはワタシも同感で、正直つまらない漫画になってました。線も汚くなったし。4コマのコマ割りに拘らなくなったことを「既存の枠から解放され自由に羽ばたき云々」と気持ち悪い持ち上げ方をする向きもありましたが、あんなものはただの手抜きですし、それで面白くなったわけでもありません。

昔オフ会で大谷芳照さんと90年代はつまらなかったと意気投合したこともありましたな。YOSHIさんは覚えていないと思いますが…閑話休題。

メットライフが契約を打ち切った理由についても、はっきり「人々が関心を持っていない」からだ、と幹部がニューヨーク・タイムズに語っていたことが書かれています。厳しい。これはシュルツさん没後でよかった。聞いたらショックだったでしょうね。

ただ、この章は一応、ピーナッツ全集の刊行とヒット、映画「アイ・ラブ・スヌーピー」の成功、アニメのApple TV+ での配信開始、などなど回復方向にあることを挙げて終わっているのがちょっと救いですね。

ピーナッツは不滅です。未来永劫そうであることを祈ります。

シュルツさんとピーナッツの人気が継続していることは、フォーブスの死亡者長者番付で20年以上トップ5に入り続けていたことで証明されています。ワタシが思うに、90年代はリアルタイムで読まれていたストリップがつまらないので批判にさらされていましたが、連載終了したことでキャリア全体が俯瞰されるようになり、再評価につながったんではないでしょうか。

また、晩年のシュルツさんは所謂クラシック・ピーナッツの図柄を使ったグッズを禁じていましたが、死後これが解禁されたのも大きかったと思います。それは結局のところ、60~70年代の黄金時代が素晴らしく、90年代がつまらなかったことの証明にもなってしまいますが。シュルツさんもそれが解っていたので禁じていたのかもしれません。老いても現役漫画家の矜持でしょうかね。

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最後に訳者あとがきですが、ここでは本書の邦題について触れられています。

原題を直訳すれば「チャーリー・ブラウンのアメリカ~ピーナッツの大衆政治」となるところですが、『ピーナッツ関連本には「スヌーピー」と冠するという日本の慣例に従い「スヌーピーがいたアメリカ」とした』ということが綴られています。スヌーピーと明記した方が耳目を惹くだろうという計算があったとも…。

これはワタシ的にはあまり歓迎できない現実です。昔タワーレコードで、"A Charlie Brown Christmas" の日本盤CDを探していた時、邦題が「スヌーピーのクリスマス」だったために店員に別物と思われ、危うくたどり着けくなるところだった、という苦い思い出がありまして、とても嫌な傾向です。

誰かがこの悪しき慣習を打ち破ってくれることを祈ります。が、そんな日は来るのかな~。

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2023.08.16

「スヌーピーがいたアメリカ」第7章を読む

第7章はフェミニズムについてです。

ピーナッツは女性が強い。といえばルーシーですが、ルーシー登場以前からパティやヴァイオレットなどが結構男性陣を圧倒していました。根本的にそういう漫画なんだと言っても過言ではありません。

シュルツさんは、男が女に威張っていても面白くないが逆だったら面白い、と考えていたようです。

しかし、シュルツさんはただ単純に漫画のレトリックのために強い女性を描いていた訳ではなく、伝統的なジェンダーロールを支持しつつもフェミニズムについては結構真剣に取り組んでいたことがこの本を読むとわかります。

テニスのボビー・リッグスとマーガレット・コートの対戦でリッグスが圧勝した時、ルーシーが怒ってリッグス宛に「運が良かっただけよ」と手紙を書くストリップがあります。リッグスは大変な女性蔑視野郎だったので、多くの女性は留飲を下げたんじゃないでしょうか。このあと、リッグスはビリー・ジーン・キング(シュルツさんとは友情を築いていましたね)と対戦してストレート負けしますが、一連の話は「バトル・オブ・ザ・セクシーズ」という映画になっていますね。

ピーナッツの強い女性と言えば、もう一人ペパミント・パティがいます。彼女はルーシーの不得手なスポーツのジャンルで覇権してますが、本書では彼女のルーシーにはない深みについて触れています。

ペパミント・パティがサマーキャンプで赤毛の女の子に会って泣き出してしまうというエピソードがあります。このエピソードは、登場以来スポーツ万能で快活な少女(授業中居眠りをするというキャラ付けはまだない)だった彼女が、実はコンプレックスを抱えていたことが判明してしまうという非常に重要なものだったのですが、それだけではなく「ルックスに執着する社会の虚栄への批判」それがペパミント・パティのような少女にとっても有害だという批判の波を起こそうとしていたんだそうです。深いなあ。

ピーナッツでペパミント・パティほど心の内や家庭環境などが掘り起こされているキャラは他にいません。これについてはまた別に書こうと思います(一度書いてますが)。

シュルツさんおよびピーナッツは、中絶、職場での男女平等、学校の性教育の問題に関わっていたそうですが、ピーナッツと性教育の関係が本書ではちょっと不明瞭で、シュルツさんがどのような考えを持ち、どのような発言をしていたか、というのには興味が尽きません。どこかの媒体ではっきりするといなあ。

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2023.08.14

「スヌーピーの会話術」を購入

「スヌーピーの会話術」を購入しました。

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とはいえ、「スヌーピーがいたアメリカ」もまだ途中ですし、図録も2冊溜まってますし、アニメも観なきゃならないので、読むのはまだまだ先になりそうです。

香山リカ著なのかな~と思わせて、実は監修。実際に本文を書いているのは誰なんでしょうか?

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2023.08.12

Apple TV+ の新作アニメ「マーシー、あなたは特別」のトレーラー

Apple TV+ の新作アニメ「マーシー、あなたは特別」のトレーラーが公開されてます。

YouTubeには英語版しか無いようですが、Apple TV+ では日本語版が観られます。

とりあえず、トレーラーを観てわかったこと。

・現生徒会長のフランクリンの任期が切れるため選挙になる

・それにマーシーが担ぎ出される

・マーシーは困っている人を助けたい性格だが、内気なため何もできずに逃げ出してしまう

トレーラーの最後がマーシーの「彼ならきっとクリーンにやるわ」というセリフと壇上のピッグ・ペンだったのが気になりますが、さてどうなるのか?という感じですね。

しかしそうか。フランクリン、あんたは生徒会長だったのか。

あと、校舎のデザインが以前のものになっていましたので、時代設定は前作「ようこそ!ルーシーの学校へ」より以前と思われます。それとも、前作が外伝てきなものだったのか。

8月18日(金)配信開始です。楽しみに待ちます。

 

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2023.08.11

「小さなベストフレンド ウッドストック」展の図録を読む

2022年7月からスヌーピーミュージアムで開催していた「小さなベストフレンド ウッドストック」展の図録を今さらながら読みました。

購入したのはずっと前だったんですが、一緒に買ったその前の展示「しあわせは、みんなの笑顔」の図録の序文の破壊力がひどくて読む気が失せておりました。

図録の序文はミュージアムに掲示されていたものを収めたものだと思いますので、これが間違っているというのは結構問題なんですがね。

で、残念ながらこの「小さなベストフレンド ウッドストック」の図録の序文も、ちょっと引っ掛かる内容になってますな。

"小鳥たちがピーナッツに登場したのは連載開始後数週間のうち"だそうで、終盤のシュルツさんの1971年のインタビューの引用でも"もう15年も小鳥を描いているけれど"となっています。

いやいや、連載当初に登場したのは小鳥ではなく割とリアルなでかい鳥でしたし、1971年の段階でも15年も小鳥を描いてはいないはずです。

どういうこと?

これはその後に続いて載っている英文を読んで解決しました。要するにこれを翻訳した人(奥付によると木下哲夫という人)が、"Birds"というのを全部「小鳥」と翻訳してしまっているんですね。別の場所では"Small bird"という言葉が使われていたりするのに。

これは誤訳の範疇に入るひどい翻訳と言わざるを得ません。これを読んだ人は50年代からウッドストックのような小鳥が登場していたという間違った知識を埋め込まれてしまいかねません。

待てよ待てよ。

この木下哲夫っちゅう人は50年代からウッドストックのような小鳥が登場していたと思い込んでいたのでは?だからこんな変な翻訳をしたのでは?…つまり、この人はピーナッツに詳しくない人なのでは?

で、それをそっくりそのまま掲示するミュージアム側も、はっきり言って素人集団なのでは?

こんなレベルだったら「チャールズ・シュルツ・ミュージアムの世界で唯一のサテライト・ミュージアム」なんて偉そうなものを名乗るのは辞めた方がいいですね、ほんと。

・・・・・・

まあそれはそれとして。

冒頭にシュルツさんのウッドストック命名についての言葉が引用されています。今日ではウッドストック命名はあのウッドストック・フェスティヴァルが由来というのはシュルツさん本人も認めていますし一般的にも知られていますが、かつて70年代はフェスティヴァルとは関係ないというのが通説だったんですよね。

それはシュルツさんが否定していたからです。なぜ否定していたのか、なぜ後年それを翻したのかはわかりませんが、まあどう考えたって無関係なわけはありませんよね。

・・・・・・

収録されたストリップ(=展示されていたもの)は、まあ良かったんではないでしょうか。唯一、P210の世界の終わりネタ(月刊スヌーピー読者には「アメリカ版オバQ」と言えば通じるかな?)は、特にウッドストックを扱ったものではなく、なぜこれが選ばれたのかは謎ですね。

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2023.08.10

スヌーピーの誕生日 スヌーピーの最後のセリフ

今日はスヌーピーの誕生日、および、スヌーピーの日です。とりあえず、スヌーピー誕生日おめでとう!

1968年8月10日付のストリップでスヌーピーの誕生日が祝われたことでこの日になったんですが、実はこのストリップは結構謎です。

今回はこのストリップの4コマ目、オチのスヌーピーのセリフ "Well, I'll be a brown-eyed beagle" について。

このセリフをどう訳すかというのは、このブログでも過去に何回かやっていますが、中々正解が見つからないというのが正直なところです。

 

まず、アメリカのピーナッツの権威であるデリック・バング氏の解釈について。彼はこのセリフを見て著書で「スヌーピーの眼の色がわかった」と書いています。ほぼストレートにこのセリフを読んでいますね。

この著書の翻訳をした笹野洋子氏は、「そうか、ぼくは茶色の目をしたビーグルなんだ!」としています。
うーん、「誕生日おめでとう!」の返しがこんなセリフでいいんでしょうかね?また、この訳であれば正しくは"I am a brown-eyed beagle!"で、時制が違うのではないか、とブログの読者(まぐさん)から突っ込みも入っていました。

次。

谷川俊太郎氏の場合、最初に翻訳したときは「ぼく素直になろうっと!」でした。ちょっと近づいた感じですかね。"brown"には『謙虚・自制・単純さなどの象徴』という意味合いがあるそうです。

次。

次はパックンです。彼は学研のムックでこのセリフを解説しています。それによると、"I'll be a 〇〇" という構文の〇〇に「ありえないこと」を入れると「ありえな~い!」みたいな意味合いになるんだそうです。で、パックンの訳は「ワーオ、ありえない!(くらいにうれしい)」でした。

まあこれがオチとしては最もしっくりくるかもしれません。ただ、ビーグルの眼は黒色で、茶色というのは「ありえない」というほどのインパクトではないのではないか、と2014年のワタシは指摘していました。

あと、最新の翻訳であるピーナッツ全集で、谷川氏は「わあ、茶色の眼をしたビーグルは果報者だね!」と再翻訳しています。これは余計だったかも。

最後に。

Google翻訳にぶち込んでみたところ、「私は茶色い目のビーグル犬になります」となりました。役に立たんな~。

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2023.08.09

「スヌーピーがいたアメリカ」第6章を読む

第6章は環境問題などについてでした。

1959年のサリー誕生のころ。喜びに満ち溢れていたチャーリー・ブラウンに対し、ルーシーは人口過剰が問題になっているのに妹が生まれるのがそんなに嬉しいのか?と彼を攻撃します。ほかのみんなが割と祝福している中でルーシーだけはいつも通りの調子ですが、実は当時すでに人口過剰が問題化していたとのことで、ルーシーの指摘はあながち間違っていなかったという…。

人口過剰問題というのは即ち資源・食料不足問題に直結するわけで、これも環境問題なわけですな。

・・・・・・

人気漫画のキャラクターは得てして政府広報などに使われます。ピーナッツも類にもれず。しかも環境保護運動と経済活動重視の運動の相反する両方に使われました。第二次大戦時、ベートーヴェンが枢軸国と連合国の両方に使われたことにも通じますかね?

・・・・・・

人口過剰、エネルギーの節約、死の灰、森林伐採、大気汚染、環境問題は色々あります。ピーナッツは間接的・直接的にそれらを取り上げてきましたが、環境問題がストレートにテーマになったのはアニメ「植樹祭だよ、チャーリー・ブラウン」でした。ワタシのこの作品が大好きです。

このアニメについてシュルツさんが、既にホリデー・シーズンものはネタ切れになっていてこれしかネタがなかった、とジョークにしていたと書かれていますが、確かに所謂名作群の最後の作品であります。更にはヴィンス・ガラルディ最後の作品でもあります。節々で活動家の言葉が引用されていたようで、これは普通にアニメを観ていただけではわかりませんでしたね。

大気汚染問題については、アメリカ肺協会の依頼(および出資)により"Charlie Brown Clears The Air" という啓発アニメが作成されたそうです。こんなアニメがあったとは知りませんでしたね。YouTubeで検索したら見つかりました。長さは6分、音楽はヴィンス・ガラルディの「カボチャ大王」のものを再利用しています。このアニメは6分とはいえまずストーリーがあり、チャーリー・ブラウンがクラスで発表をして、ライナスたちが「僕たちに何ができるんだろう」と言うという普通のスペシャルに通じる構成になっていますね。スペシャルでやればよかったのに。

 

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