2024.04.13

ピーナッツのレコードの日々:その9(完結編)

私的50周年回顧ネタ。

ピーナッツのレコード・コレクターとしてそれなりに頑張ってきましたが、今日では張り合いがないといいますか、ほとんどリタイア状態です。

勿論、リリースがあればCDを買いますが、往年の熱意は既にありません。

というのも、結局デリック・バング御大には適わないということなんですな。

バング氏は、Impressions of Vinceというヴィンス・ガラルディ専門のブログを2012年に開設していますが、これがもう大変に詳しいのであります。

一応ワタシも拙サイト LOCAL CACTUS CLUB で、カヴァー曲やピーナッツに因んだ曲などをまとめたりしていますが、この世界は深くて広く一介のドメスティックな日本人に何とかできるようなものではなく、とても恥ずかしい状態になっています。ここ数年更新できていません。

閉じた方がいいかも…

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バング氏のブログを読みますと、世界(主に北米)では如何にピーナッツのアニメやヴィンス・ガラルディの音楽が愛されているかというのが窺えて興味深いです。

「チャーリー・ブラウンのクリスマス」の年末のビルボードのチャート・アクションには大変驚かされます。毎年12月になるとBillboard200の10位内に浮上するんです。70年前に没したピアニストのアルバムがですよ!

そして12月に開催される各地での「チャーリー・ブラウンのクリスマス」およびヴィンス・ガラルディのトリビュート・コンサートの数の多いこと。バング氏はマイナーな演奏家などについても懇切丁寧に取り上げてまとめています。デヴィッド・ベノワが今でもトリビュート・コンサートに出演しているという事実にはほっこりします。

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そんな感じで、今のワタシはデリック・バング氏のブログの読者であり、ヴィンス・ガラルディの一ファンなのであります。

 

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2024.04.12

Apple TV+ の "Camp Snoopy" の邦題が決まる

アップルtv⁺でおそらくこの夏に配信されるであろう新作 "Camp Snoopy" の邦題が決まったようです。

その名も「スヌーピーのハッピーキャンプ」。

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まだ配信予定日も確定していませんし、予告動画もありませんが、邦題だけは決まったんですな。

しかし、何故「ハッピー」が追加されたんでしょう。

一応ストーリーの解説みたいなものがありますが、「解散の危機にあると気付いたスヌーピーとビーグル・スカウトのメンバーは、メリットバッジを取得するため、アウトドアの大冒険に出発する。その頃、チャーリー・ブラウンと仲間たちは、キャンプで夏を楽しんでいた。」とのこと。

ちょっとわかりづらい文章ですが、ビーグルスカウトが解散の危機なんでしょうかね?どこからの圧力で何で解散の危機に??謎は深まります。

そして、チャーリー・ブラウンほかギャングたちはキャンプを楽しんでいるらしいということ。これは新機軸ですな。視聴者の子供たちにキャンプは楽しものだと啓蒙するつもりなんでしょうか?

出演者一覧を見るとナオミがいますね。

前々から思っていましたが、最近のアニメのナオミって色黒ですよね。黒人にされてしまったんでしょうか?

フランクリン一人ではポリコレ的に不充分なので黒人の女の子を一人追加したいんでしょうか?

あと、ビーグルスカウトの面々の名前が "Bird Bud 1~3" になっていますね。親友1~3といった感じですかね。

色々謎は尽きませんが、面白いシリーズになることを願います。

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2024.03.31

「旅するピーナッツ。」の図録を読む

スヌーピー・ミュージアムの企画展「旅するピーナッツ。」の図録を買いました(楽天ブックス)。

最近はミュージアムに行かなくても図録が買えるので重宝しますね。前にも書きましたが、今のワタシにとっては2000円払ってまで観に行きたいところではないんですな、あのミュージアムは。なので図録だけで充分なのです。

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一応、旅に関するストリップを集めた展示にしたかったようですが…ちょっとこれは違うんでは?というのもありますな。ピーナッツに旅行関係のストリップが少ないということが露呈してしまってます。

最初の紹介は、ペパミント・パティのフランス旅行。
何故彼女はフランス旅行に行ったのか、それをマーシーがどう思っているのか、という部分を見事にカットしたストリップのチョイスには脱帽します。ここは説明すると長くなるからでしょうか?

次は、スヌーピーがカンサスシティに行く話。
何故かタイトルは「スヌーピー、ウィンブルドンへゆく」となっていますが、勿論ウィンブルドンには行きません。ここでも、何故ウィンブルドンに行くついでにカンサスシティに寄ろうとしたのか、という部分が見事にカットされており再び脱帽です。ここも説明が長くなりますからね。

その次は、サマー・キャンプ。
そもそもキャンプは旅行に含まれるのか?という気もしますが、これは両論ありますのでまあいいでしょう。ユードラが参加したエピソードをメインに編纂されてますな。

その次が、ビーチでのストリップ集なんですが、これはもう絶対旅じゃないでしょう!
映画「スヌーピーの大冒険」ではスヌーピーは徒歩で日帰りでビーチに行っていましたよ。
あと、本家キュレーターのクラーク氏の説明文が、「ソノマ郡のビーチは熱帯ではありませんが」とか「ピーナッツに描かれるビーチに椰子の木がほとんど登場しないのは、恐らくシュルツの頭に思い浮かぶのが、温帯にあるこのビーチのせいなのでしょう」とかで、この人はキュレーター以前に頭がおかしい人なんじゃないでしょうか。
あのさー、アメリカが舞台なんですから熱帯のビーチなんか思い浮かべないですよね、普通。

次。スヌーピーがニードルスに行く話。
ニードルス・ネタでこのエピソードを選んだのは何故?。なんでスパイクがふくよかになっているんだとか初見に人には解らないんじゃないでしょうかね。

で、キャンプにおけるマシュマロについての解説のあと、ビーグルスカウトの旅のストリップがまとめられていますが、これが実は今回の展示にはない第1回企画展のものの再録だそうで、これが実に70ページくらいあります。凄い水増しだ。

いやー、やっぱり旅行ネタは少ないですね。これって企画倒れだったんでは?とりあえず、やはり行く価値は無かったか…。

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ところで、「るるぶ&more」というサイトにスヌーピー・ミュージアムの記事があったんですが、そこで企画展の紹介で

「旅行は大好きです。お昼の12時に戻ってこられるなら」と話していたというシュルツ氏が描く、スヌーピーたちの旅のひとコマが集められています。

と書かれていました。シュルツさんのこの発言、「旅が嫌いだ」と言っているのが筆者に伝わってないような…。

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2024.03.30

ピーナッツのレコードの日々:その8

私的50周年回顧ネタ。

いつしかワタシはピーナッツの音盤コレクターになっていました。

サントラ盤やトリビュート・アルバムはもちろん、ヴィンス・ガラルディのアルバムもすべて買いました。それだけでは飽き足らず、ジャケットにピーナッツの図柄を使っている企画ものや、ガラルディの曲のカヴァーを収録しているアルバムや、ピーナッツに因んだ歌や曲を収録しているアルバムなどを探しまくり、あらゆるものを買っていました。

例えばこんな感じです。

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これはファミリー映画テーマ曲集です。70年代は「ファミリー映画」なんてカテゴリーがあったんですよね。ジャケットの「がんばれ!ベアーズ」も懐かしいです(余談ですが、「がんばれ!スヌーピー」の邦題の元ネタは「がんばれ!ベアーズ」だと思います)。

で、裏ジャケですが、

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このように「スヌーピーとチャーリー」の図柄が使われているんですが、これは「買い」なわけです。「スヌーピーとチャーリー」「スヌーピーの大冒険」の主題歌を収録していますが、サントラもシングル盤も持っているのでいらないと言えばいらないのです。でも買うのです。

その他、このようなものも。

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フォーク・シンガー"チャーリー・ブラウン"のアルバム「Portrait Of A Glad Man(1971)」です。

このレコードは茨城県石岡市に住んでいる頃に買いました(余談ですが、石岡はワタシが住んでいた頃、県民アンケート「最も住みたくない町」のワースト1になっていました。今はどうなんでしょう?でも石岡にはロックボトムという良い中古レコード屋があったので、生活に潤いがありました)。

話しを戻しますが、まあこういうのも買ってしまうわけです。考えてみればチャーリー・ブラウンというのもありふれた名前ですよね。そりゃ同姓同名の人もいるわけです。この人の他にももう一人黒人歌手でチャーリー・ブラウンというのがいますし、ちょっと違いますがチャールズ・ブラウンというブルース・シンガーは有名ですよね。

この手の買い物は今は大分控えていますが、いい物もあったりするので侮れないのです。

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2024.03.29

日本におけるヴィンス・ガラルディ

昨日の記事の補足として…

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ヴィンス・ガラルディの評価というのは、世界レベルでも「ハッピー・アニバーサリー、チャーリー・ブラウン!」のリリース以降に高まりましたが、一応グラミー賞アーティストですからアメリカではそれ以前から知名度があったと思います。対して日本では50~60年代の現役時代はほとんど知られていない存在でした。来日したことも無く、サンフランシスコを活動拠点としていたローカルなピアニストだったので仕方が無かったのかもしれませんが。

それでも、コアなジャズ・ファンの間では知る人ぞ知るというような存在ではあったようです。

ヴィンス・ガラルディは1本立ちする前はカル・ジェイダーのグループに参加していましたが、このカル・ジェイダーは日本でも結構人気があったようで、ここでヴィンス・ガラルディに注目した人も少なからずいたようです。これが50年代の話しで、60年代になりますと、「Cast Your Fate To The Wind」のグラミー賞受賞などで話題になったようです。

かつての会社の先輩で「ジャズだったらこの人」と言われるような人がいましたが、「最近、ヴィンス・ガラルディとか聴いたりしているんですよ」と言うと「おー、サンフランシスコのピアニストね」と返ってきたりして、やはり知っている人は知っているという感じでした。

あと、一応専門誌「スイングジャーナル」に訃報が載ったんですよね。

たまたま古本屋で「スイングジャーナル」の1976年の号を見つけて、ひょっとしてと思ってページをめくってみると、訃報欄にしっかりとヴィンス・ガラルディのことが書かれていました。そこでもやはりサンフランシスコのピアニストで「Cast Your Fate To The Wind」で知られる、というようなことが書かれていました。

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ジャズ評論家の中には「ヴィンス・ガラルディは日本では全く紹介されなかった」と断言していた人もいましたが、実は日本盤のレコードは発売になっていました。

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これがそのレコード「黒いオルフェ」です。ジャケットは日本独自のデザインに変更されています。

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「Cast Your Fate To The Wind」は「風に命を」という邦題が付けられています。

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2024.03.28

ピーナッツのレコードの日々:その7

私的50周年回顧ネタ。

ピーナッツのアニメによってヴィンス・ガラルディというアーティストを知り、そして、ヴィンス・ガラルディからジャズの世界に足を踏み入れようとしていたワタシでした。

しかし、ジャズの敷居は中々に高かった…。

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ワタシは父親の影響もあり、音楽的ルーツはクラシックです。クラシック音楽というのは、緩急があったり強弱があったりするのが当たり前で、それに深く馴染んでしまっていたワタシは均等にリズムを刻む音楽は退屈に思えていたのです(…まあそんなワタシも後々クラフトワークや所謂クラウト・ロックのようないい意味で単調な音楽が好きになるのですから判らないものですが)。

そういう音楽でもメロディアスならイケたんですが、ジャズは中々そうはいきません。ジャズというのは、最初にテーマがあって、その後ソロを各楽器で回して、最後にまたテーマに戻る、といったような感じが大体です。最初のテーマだけならまだいいんですが、アドリブ・ソロになってくるともう何が良いのかわからなくて全然楽しめませんでした。

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ヴィンス・ガラルディのピーナッツ以外の音楽を聴こうと思って最初に買ったレコードは、1956年の「ヴィンス・ガラルディ・トリオ」と、1957年のカル・ジェイダー・カルテットの「ジャズ・アット・ザ・ブラックホーク」の2枚でしたが、これらは正にドジャズなレコードで、最初は全然楽しめませんでした。

こういう真剣に(?)ジャズをやっているレコードは、慣れ親しんでいたはずのヴィンス・ガラルディですら取っつき難いものでした。こういうのを聴くと、ピーナッツ・アニメ用の曲というのはジャズであってジャズではない、というのがよくわかります。考えてみれば、ピーナッツ用の曲は所謂ジャズのセオリーに立った曲出ないものが多いですからね。

それでも、随所にピーナッツっぽい雰囲気があったりするので、そういうのを頼りに楽しくなるまで頑張って聴いたものです。

その他、「ブルーノートの100枚」といった入門書を買い、図書館などを駆使して頑張ってジャズを聴き続けました。とにかくジャズのいいところを知りたい、楽しみたい、という思いでした。

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結論から言いますと、あまり頑張る必要はなかったようです。

そのうちに、流れてくる音楽に身を委ねる方法を知ったといいますか、自然と楽しめるようになりました。きっかけが何だったのかは自分でもよくわかりませんが、とにかくそうなったのです。「考えるな、感じるんだ」ということなんでしょうか?

クラシック好きが災いして遠回りになりましたが、今ではすっかりジャズ大好き人間になりました。

ただ、色々聴いて気付いたのは、「ヴィンス・ガラルディ・トリオ」というアルバムはジャズの中でもだいぶ渋い部類のもので、初心者が聴くものではなかったな、ということだったりします。

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2024.03.27

ピーナッツのレコード(CD)の日々:その6

私的50周年回顧ネタ。

1989年11月の話の続きです。

いそいそと仕事から帰り、早速「ハッピー・アニヴァーサリー、チャーリー・ブラウン!」のCDを聴くワタシ。

…ヴィンス・ガラルディのメロディが絶妙にGRPサウンドに染められていて、中々にいい仕上がりになっていました。

アルバムの冒頭を飾るのが、デヴィッド・ベノワによる「ライナス・アンド・ルーシー」。彼はこの数年前に「This side up」というアルバムをヒットさせていましたが、そのアルバムにも収録されていました。

「ジョー・クール」や「リトル・バーディ」といったヴォーカル曲も収録され、ついでにタイトルも判明。「ジョー・クール」の作詞が「フラッシュビーグル」でヴォーカルを取っていたデジリー・ゴイエットだったというのにも驚きました。

ミュージシャンはGRP以外の人も多数参加していて、とにかく賑やかな作品でした。

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しかし、ちょっと気になったのが、ヴィンス・ガラルディ以外の曲(デイヴ・グルーシン2曲、デイヴ・ブルーベック1曲)が収録されていた事でした。

こちらとしては、1曲でも多くガラルディの曲を聴きたいというのに、これはどういうことなんだ、と。

確かにグルーシンの曲なんかは、いかにもという感じでいい曲なんですが、なんかピーナッツらしくないというか、このアルバムのカラーにそぐわないというか、どうにも納得がいかずモヤモヤしました。

ライナーを読むと、ミニシリーズのために作曲された3曲とのこと。今なら「This is America,Charlie Brown」の事だと判りますが、当時は何のことやら?でした。この"ミニシリーズ"が何なのか、日本語の解説でも触れられておらず、まぁとにかく情報がなかったんでしょうね。

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このアルバムは色々な影響を残しました。

まず、ヴィンス・ガラルディ再評価はここから始まりました。このアルバム以降、クリスマス・アルバムに「クリスマス・タイム・イズ・ヒア」が取り上げられる機会が増え、今ではすっかりスタンダード・ナンバーになりました。大御所メル・トーメをはじめ数多の大物シンガーがこの曲をカヴァーしています。「チャーリー・ブラウンのクリスマス」は今や最も売れたジャズ・アルバムになりました。

また、このアルバムのヒットにより、"懐かしのアニメの曲を大物アーティストがカヴァーする"という企画ものが一時流行しました。

GRPは「ガーフィールド」のアルバムを発売しましたし、ディズニーは「マッド・アバウト・ア・マウス」というアルバムを発売してビリー・ジョエルの「星に願いを」がヒットしました。「ガンビー」のアルバムも出てましたね。

そして、デヴィッド・ベノワはこの後もピーナッツのアルバムをリリースし続け遂にはアニメのBGMを担当するようになりました。

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2024.03.18

ピーナッツのレコード(CD)の日々:その5

ちょっと間が空きましたが、私的50周年回顧ネタはまだ続く予定です。

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1989年。当時ワタシは音楽業界に身を置いており、CDのリリース情報を容易に入手することができたのですが、GRPレコードから「ハッピー・アニヴァーサリー、チャーリー・ブラウン&スヌーピー!("&スヌーピー"は邦題のみ)」というCDが発売になることを知り衝撃を受けました。

というのも、その当時の日本は角川のスヌーピー・ブックスが絶版になってから書籍は久しく発売されておらず、アニメのテレビ放送も無いという状況で、まさにピーナッツ冬の時代でした。

国内がそのような有様でしたので、まさかアメリカでこのようなCDが発売されるほど人気があるとは想像もできなかったのです。海外の情報がホイホイ入ってくる時代でもなく、まさに青天霹靂だったのです。

(余談ですが、1996年にNHKの衛星放送で久々にピーナッツのアニメが放送されることになったのですが、第1回放送の冒頭でMCが「スヌーピーは世界中ですごく人気のあるキャラクターなんですよ。みんなのお父さんお母さんは知っているかもしれません。」と言っていました。ピーナッツは一時期そのくらいマイナーだったのです。)

しかも発売がGRP。当時ワタシはデイヴ・グルーシンの「マイグレーション」というアルバムが気に入っていました(朝聴くと最高)。そのデイヴ・グルーシンが創設したGRPから発売されるのですから余計に期待が高まるというものです。かくして1989年11月、発売日にCDを購入したのでした。

・・・・・・

…続きます。

 

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2024.02.20

訂正

なぬびさんからツッコミが入りました。

2月17日の "スヌーピー・プレゼンツの新作「おかえり、フランクリン」を観る" におきまして、

チャーリー・ブラウンの父親は軍隊にいたことがあり、除隊して理髪店をしている、ということになっていました!「ヨーロッパの旅」では従軍していたのは祖父だったじゃないですか。

…と書きましたが、彼の父親は戦争に行ってました。

1968年8月1日のストリップで、チャーリー・ブラウンはフランクリンとの会話で父親のことを "He was in a war, too" と言ってました。これは見落としてました。

しかしチャーリー・ブラウン、サラッと言いますな。

それに続いて、"But I don't Know which one" 「どの戦争かは知らない」と言っており、父親は戦争に行ったことだけを伝えてそれ以上の詳しい話はしていないということですな。

彼の父親が参加した戦争はどれでしょう。年齢を考えると朝鮮戦争(1950-1953)ですかね。除隊して理髪店を始めてキャリア15年というところでしょうか。

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続く翌日の "「おかえり、フランクリン」を観る:その2" でも事実誤認がありました。

予告編のみの描写ですが、フランクリンはこれまでアメリカ国内だけでなく、フランス、イギリス、ハワイ州、日本などにも住んでいたようです。

…と書きましたが、本編にもありました。

いかんですな。

以上2点、訂正します。

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2024.02.18

「おかえり、フランクリン」を観る:その2

なんか書きたいことが出てきてしまいましたので続きです。

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①ソープボックスカー・レース(Soap Box Derby)

昨日は劇中で登場人物たちが行う「ソープボックスカー・レース(Soap Box Derby)」について全く触れませんでした。

このレース、調べてみたら日本にもNPO法人があって親しまれているようです。アメリカでは90年以上の歴史がある子供のためのイベントのようで、これをピーナッツで取り上げない手はないですな。

子供だけでなく大人もやってますね。そういえばレッドブル主催のものがTV-CMなどで宣伝してましたっけ。YouTubeにも色々と動画が上がってまして、くだらなくてイイです。

ただ、日本国内ではNPO法人をはじめ「ソープボックスダービー」のカタカナ表記が一般的のようですので、「ソープボックスカー・レース」と訳している日本語翻訳者はこの辺の取材を怠っているということになりますかね。

ところで、劇中でライナス&ピッグペン・チームの車体がボート型でゼッケンも3になっていましたが、これは「チキチキマシン猛レース」のドクターHのマジック3へのオマージュなんではないかな~と思いました。

②配信のタイミングについて。

前作「マーシー、あなたは特別」から半年というタイミングでの配信で、随分早いと思いましたが、どうやら「黒人歴史月間」に合わせたということらしいです。

「黒人歴史月間」というのは知りませんでしたが、元々はリンカーンの誕生日の2月12日がある週を「黒人歴史週間」としていたものを月間に格上げしたものだとか。2月12日の週の週末配信ですから、まさにドンピシャな配信だったわけです。

ただ、1つの人種に限った歴史を年間行事とすることの実用性や公平性に関して毎年議論が行なわれており、多くの人々は黒人の歴史が1ヶ月間特別視されること、英雄崇拝されることに疑問を呈しているそうです(wiki)。モーガン・フリーマンのような黒人からも反対意見があるようですな。

③フランクリンの祖父が果たして生きているのかどうか?

1日経ってちょっと整理できてきましたが、両親しか存在しないっぽい雰囲気でもあり、祖父の言葉をノートに纏めていることを考え併せますと、やはり故人と考えるのが自然かな~という気がしてきました。

これは想像ですが、ロブ・フランクリン氏の祖父は彼の少年時代には既に亡くなっていたのではないでしょうか。それを作品に反映させているのかもしれません。

しかしそうすると、フランクリンが引っ越してきたときに既に祖父は故人だったということになりますので、今後はチャーリー・ブラウンとのおじいちゃんトークに制限がかかってしまう可能性があります。

④基地のある町

原作では「父親は従軍していて不在」だったフランクリンですが、今作では「父親の転属の度に転居」していることになりました。

この変更により、ピーナッツの面々が住んでいる町は「基地のある町」ということになってしまいました。

簡素な住宅街というイメージだったんですが、それなりの都市部があるということですね。基地によっては弾道ミサイルがあったりしますし、急に物騒な感じがしてきました。

基地の規模にもよりますが、数千人から数万人の軍人とその家族が地域に住んでいることになります。そうすると、多数の軍人の子供たちが学校にいることになるわけで、フランクリンのような軍人の子供がポツンと現れるということはあり得ないんじゃないでしょうかね。

フランクリンは友達作りで苦心しますが、彼はまず軍のコミュニティで友人を作るべきだったんではないでしょうか。基地の外に住む軍人も一応基地のコミュニティには参加できるようですし、似た境遇の子供が多数いるわけですからその方がいいと思えます。

あと、友達作りの苦労は母親も同様のはずで、その土地々々に適応し多様な人たちと新たな関係を作らなければならないので大変ですよね。これは日本の転勤族の家族も一緒ですね。

といいますか、家族が苦労するんですから基地内に住めばいいのにと思ってしまいます。今のアメリカの基地ってシアターがあったりゲーム大会やダンスパーティがあったりとか結構娯楽が充実しているらしいですよ。

⑤父親の転職

そもそも軍隊に縛られていたから度重なる転居を余儀なくされていたのに、この町が気に入ったからと言って突然軍を辞めるというのもよく考えると変ですよね。

予告編のみの描写ですが、フランクリンはこれまでアメリカ国内だけでなく、フランス、イギリス、ハワイ州、日本などにも住んでいたようです。

国外にまで家族を連れまわすというのは大変なことです。まあアメリカ人は日本人の様に簡単に単身赴任というのを選択はしないのでしょうが、そんなに簡単に辞められるのだったら子供のためにももっと早く辞めていても良かったんではないでしょうかね。

まあ百歩譲って、息子がこれまでにない確固たる友情を結んでる様子を見て背中を押された、という見方もできますが…。

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今回はちょっと重箱の隅を楊枝でほじくるような内容になってしまいました。

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2024.02.17

スヌーピー・プレゼンツの新作「おかえり、フランクリン」を観る

昨日2月16日、Apple TV+でスヌーピー・プレゼンツの新作アニメ「おかえり、フランクリン」が配信され、早速昨日のうちに視聴しました。

本作は友情についての話しでした。ピーナッツの面々の町に引っ越してきたフランクリンがチャーリー・ブラウンとの友情を育み、また、みんなに受け入れられる(というのは変な表現?)までの話しになっています。以下、感想など。

①キャラクター設定について

フランクリンは比較的メイン寄りのキャラクターですが、実はその性格設定はあまり明確じゃないんですよね。

はっきりしているのは、とりあえず優等生っぽいこと、習い事をしていること、父親がベトナムに従軍していること、祖父の話をよくすること、このくらいでしょうか。

祖父の話をよくするのは、父親が従軍していて不在なので祖父との距離が近いということなのかもしれません。シュルツさんはベトナム従軍の設定を後々まで大事にしていて、連載末期のフランクリンが祖父の話をよくするということにしたのかもしれませんね。

と、ここまでは原作での話で、ともかく今回の作品のためにこの不十分なフランクリンの設定を深掘りしなければならなかったのですが、クレイグ・シュルツ氏は、アームストロング姓のモデルとなった黒人漫画家のロブ・アームストロングをチームに加えて彼の体験などをちりばめたようです。

出来上がったフランクリンの設定は、父親が軍人のため転居が多く、友達と深い付き合いがし辛いという悩みを抱えているというものでした。この辺はロブ氏のアイディアのようです。そして、祖父の言葉をまとめたノートを頼りに友達作りに励もうとします。

うーん。まあいいんですが、ワタシ的にはフランクリンにこういう人付き合いに悩むような内向的なキャラクターというのはちょっとどうなのかな~と思えました。何せ、人に話しかける前に祖父の言葉が書いてあるノートを参照するんですよ。これはイメージが崩れるといいますか…。

あと気になったのが、おじいちゃん子のくせに祖父との絡み(ポワポワ声との会話)は無いんですよね。ノートに祖父の金言が書いてあるだけなんですが、その設定のために祖父は既に故人で、祖父の遺した言葉を大事にしているかのような印象を受けてしまいます。これは良かったんでしょうかね。ノートではなく折々で祖父が助言をするという演出の方が良かったんではないでしょうか。

その代わり、父親は結構家にいるんですよね(軍人ってそんなに家にいるもんなんでしょうか?)。父親とは絡みがあります。でも近くにいる父親よりも祖父の言葉の方が大事っぽいんですよね。何だかよくわかりません。

ん?フランクリンのセリフの"Grampa always told me"って過去形なので本当に故人だったりして。そうだとしたらかなり早世ですね。

好きなミュージシャンは、スティービー・ワンダー、リトル・リチャード、ジェームズ・ブラウン、ジョン・コルトレーン。これはそういう時代設定ということなんでしょうかね。

あと、チャーリー・ブラウンの父親は軍隊にいたことがあり、除隊して理髪店をしている、ということになっていました!「ヨーロッパの旅」では従軍していたのは祖父だったじゃないですか。

②吹き替えについて

これまでのスヌーピー・プレゼンツ・シリーズは女の子メインの話ばかりで、今回初めて男の子がメインになったわけですが、そのメインの男の子の声優が二人とも演技に難があり相当辛い事になりました。

フランクリンはこれまでは生徒会長など優等生的な役柄が多かったので表面化してませんでしたが、今回は感情をぶつけたりするシーンも多く、今の子役にはそれをこなす演技力が備わっていないことが露呈してしまいました。

聡明な黒人少年のはずなのにたどたどしく喋るので違和感がある、と言いますか、端的に、黒人っぽくない、とも言えます(英語で観ると"Man!"と言っているシーンがあるので、やはりフランクリンも黒人だなーと思ったりしましたが)。

表情からすると本当はこういう喋り方じゃないんじゃないか?と違和感を覚えるシーンは英語で観直すと解決するんですが、要は演技が成っていないということですね。

前半のフランクリンが友達作りに苦心するシーン、英語だと彼の方が普通の少年であり、ピーナッツの面々がおかしいというのがわかりますが、吹き替えでは本当に人付き合いが苦手そうなキャラになってしまっています。喋るのも苦手そうな。

ニカっと笑ってジョークを言うシーンでも英語では自然なんですが、吹き替えではただのジョーク下手の滑りキャラになってしまっています。

ジェームズ・ブラウンの話になった時の、「同じブラウン姓だけど親戚?」というシーンも、英語だとジョークで言っているというのがちゃんと伝わるんですが、吹き替えだと、え?本気で言ってる?という感じに聞こえてしまいます。

都度都度祖父の言葉のノートを見返す演出も相まって、コイツ本当にコミュ障なんでは?と思ってしまいます。

おしまいの方の、フリーダ、パティ、ヴァイオレットの3人が喋っているシーンなど、とてもさりげない感じがして相変わらず女声陣は上手いと思いました。男声陣でも、シャーミーやピッグペンとかはそれなりにいいんですがね。何でメイン・キャラばかり良くないんでしょーね(でもライナスは上手くなりましたね)。

③翻訳について

ただ、問題は吹き替え子役の演技力だけではなく、翻訳にもあると思いました。

全般にダイアログが良くないんです。なんというか、男の子のセリフがお坊ちゃん言葉過ぎるんですよ。特に今回はレースの話ですから、それなりに荒っぽさも必要になります。もっと緊張感を持たせて欲しかったですね。

「僕に任せて」じゃなくて「僕に任せろ」でしょ。「待って」じゃなくて「待てよ」でしょ。「誰なの?」じゃなくて「誰だ!」でしょ。「君から言って」じゃなくて「君から言えよ」でしょ。「そうなの?」じゃなくて「そうかい?」でしょ。「僕たちはまだ相棒ってことなの?」じゃなくて「僕たちはまだ相棒なのかい?」でしょ。「勝つ事より大事な事もあるもん」じゃなくて「あるだろ」でしょ。フランクリンはもっとファンキーにしてほしかったですね~。

女の子のセリフの方が生き生きした言葉に訳されている感じもしましたね。

④音楽について

ジェフ・モローは本当に信頼がおける作曲家ですね。とても素晴らしいです。ガラルディのジャズを完全に引き継いでいて、デヴィッド・ベノワ以上の適任者と言えるでしょう。

また、挿入曲も、チャック・ベリーの「ジョニー・B・グッド」やビリー・プレストンの「ナッシング・フロム・ナッシング」など、フランクリンが好きそうな黒人ミュージシャンを使っています(挿入曲については何故かエンドテロップに記載なし)。

⑤そのほか

abc7.comのニュース記事からの情報をいくつか。

フランクリンがピーナッツの面々の町に到着した時、"There was a lack of variety in this place."と言います。「この町は多様性に欠けている」と訳されています。

このセリフについて、ロブ氏は「決して説教臭くなりたくなかったが、『ジャンプ・スタート』で扱ったのと同じ方法で扱う必要があった」と言っています。『ジャンプ・スタート』というのは氏の漫画ですね。理解を深めるためには読んだ方がいいかも?。

このセリフの意図は何でしょう。このセリフを言うシーンでは白人ばかりが目についたからでしょうか。所詮ピーナッツ・キャラは白人だらけだ、と言いたいんでしょうかね。

クライマックスで、フランクリンはみんなの中心に座って楽しくやってます。ライナスがわざわざ「君のために席を取っておいたよ」と言って座らせるのですが、これは「チャーリー・ブラウン感謝祭」に関する誤解を正すためにロブ氏が仕込んだ演出なんだそうです。日本人からすれば何でもないシーンですがね。

というのも、「感謝祭」の裏庭パーティーのシーンではフランクリンがテーブルの片側に一人で座っているため、一部の人が彼が完全に受け入れられていないのではないかと思っているからなんだそうです。アメリカではそういう些末なことでも分析する人がいるんですな。Wokeの国ですね。

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全般的に厳しい感想になってしまいましたが、やはり吹き替えに難ありというところですね。英語だと実にスムーズに鑑賞できますので英語の方をお勧めします。

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2024.02.16

「短い夏だったね、チャーリー・ブラウン」のサントラ盤、7月発売!

「短い夏だったね、チャーリー・ブラウン」原題:"It Was A Short Summer, Charlie Brown" のサントラ盤の発売が決定しました。

発売日は7月5日予定です。

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ワタシは「感謝祭」の次は「イースター」だろうと予想してましたが、60年代のこれが来るとは予想していませんでした。いずれにせよ待ち遠しいです。

「短い夏だったね、チャーリー・ブラウン」は1969年のTVスペシャルです。映画「スヌーピーとチャーリー」と同年ですね。

テーマが夏(憂鬱な夏でもありますが)のせいか、全般的に明るい曲が多い印象です。エンディングテーマは名曲ですし、あのマスクド・マーベルのテーマ曲"The Masked Marvel"が聴けるのもいいですね。

60年代の作品ということで、ジョン・スコット・トロッター作曲と思しき曲も数曲ありますが、彼の曲が聴けるのも本作が最後で、以降のスペシャルでは作曲・編曲はしていません。

去年の9月のブログで中々エンディングテーマがフルで聴けないことを嘆きましたが、そんな日々ともおさらばですね。これももう何十年越しの夢が叶うということであります。

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因みに、レーベルは去年11月の「チャーリー・ブラウンの感謝祭」のサントラを出したのと同じくリー・メンデルソン・フィルム・プロダクションズです。

オフィシャルサイトを見つけましたが、仕掛け人はリー・メンデルソンの息子のショーン・メンデルソンでした。ミュージシャンでプロデューサーもやっているそうです。

ヴィンス・ガラルディの息子のデヴィッド・ガラルディもレーベルを立ち上げて、亡き父のアーカイヴ音源を多数リリースしてましたが、アチラの息子たちはいい仕事をしますね。

プレスリリースによれば、最近(おそらく去年)保管庫からオリジナルのスタジオ・セッション・テープを発見したとのことです。これはデヴィッド・ガラルディが所有しているセッション・テープとはまた別物なんでしょうな。後発の利でデヴィッドがリリースした音源よりも高音質になっているといいですな。

オフィシャルサイトには、"More Music Coming Soon" とありますが、今後も楽しみにしていいってことですよね。期待してます。



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2024.02.15

シュルツさんの命日を過ぎて

シュルツさんの命日も、連載最終回記念日も過ぎてしまいましたね。

ということで(?)今更ですが、連載最終回などについて思うところを書きます。

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1999年11月16日(火)、シュルツさんは仕事中に倒れ病院に運び込まれました。この日、シュルツさんは2000年1月1日(土)用のデイリー版を描いていたようです(ここまでの仕事は無事新聞に掲載されてますが文字入れはまだで、後でペイジ・ブラドックがPCでシュルツ・フォントを使って入力したようです)。

診断は腹部大動脈閉塞でした。一応手術は成功し11月30日に退院しますが、その後再入院を繰り返しています。

シュルツさんは最早創作活動ができないことを悟り12月14日に「引退宣言」し、世界中が激震したのでした(余談ですが、当時は上記のような深刻な状況とは知らず、お疲れ様でした、ゆっくり余生を過ごしてください、などと呑気に思っていました)。

描きためてあったストリップは、デイリー版が上記の通り1月1日まで、サンデー版が2月6日までありましたが、この「引退宣言」でデイリー版の最終回が2000年1月3日(月)、サンデー版が2月13日になることが併せて発表されたのでした。

この後の最終回掲載までの流れ(ペイジ・ブラドックらによるコラージュなどのPCでの編集作業など)は、諸々の書籍に書かれており広く知られていると思います。最終回で使われた絵は、1999年11月21日のサンデー版の使いまわしで、添えられたシュルツさんのコメントは口述されたものなので自筆ではなく活字でした(シュルツ・フォントを使う手もあったと思いますが、画がタイプするスヌーピーだったので良かったのでしょうか)。退院後のシュルツさんは一筆も描いていないのでした。

そして、1月3日にデイリー版最終回が掲載され、2月13日にサンデー版最終回が掲載されましたが、シュルツさんは2月12日に亡くなりました。

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ワタシが注目したいのは、シュルツさんが仕事中に倒れたことで、その時に描かれていたストリップが遺作となったことです。

遺作となったストリップは創作作業の真っただ中にあったものであり、その時のシュルツさんには恐らく引退はおろか死の影すら無かったわけです。つまり、これが最後だとか、筆を折るつもりで描いたストリップは一片も無いということになります。

ですから、ワタシはシュルツさんにはスワン・ソングは存在しないと思っています。最終回もそれに当たらないと思っています。ですので、芸術新潮2013年10月号に載っていた、最終回をして「読むたびに目頭が熱くなる」とか「最後の最後までキャラクターと誠実に向かい合おうとした気概を感じる」とか変な賛辞を送っている人の記事を読んで、なんだかなぁと思ったものです。

同じ芸術新潮2013年10月号で、英語教科書にピーナッツを取り入れる際のエピソードとして、サンデー版を3つ使う事になっていたところシュルツさんが亡くなったので一つを最終回と差し替えた、というのが紹介されていましたが、ジーンさんの「遺作にばかり関心が集まっている」という危惧により、最終回の使用が認められなかった時期があったことが裏話として書かれていました。

この筆者はその「危惧」について、「高潔な姿勢に拍手を送ってあげたい」とか、「ピーナッツギャングという家族を守ろうという矜持にすら感じられた」という感情を綴っていますが、ワタシは別の考えを持ちました。

最終回はシュルツさんの想いは綴られていますが新規に描かれたものではなく、残酷な言い方になりますが後書きのような内容で、漫画として面白いと言えるものではありません。

ジーンさんの中には、作品として不十分で面白くもない最終回よりも、もっと面白いものが他にいっぱいあるではないか、という思いもあったんじゃないでしょうか。ジーンさんの「危惧」はそこにあったんじゃないでしょうかねえ。

最後にシュルツさんの想いを伝えて最終回を迎えたというのも、作者の死により尻切れトンボで終わるコミックがある中、ある意味理想的な最終回だったのかもしれませんが、必要以上に持ち上げるのはどうかな~と思う次第です。。

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2024.02.14

ピーナッツのレコードの日々:その4

私的50周年ネタ。

1978年。レコード"Charlie Brown Records Presents A Charlie Brown Christmas"を購入後、同じ企画盤が発売されていないだろうかと、横浜駅へ行った際は”すみや”の輸入盤コーナーをちょくちょくチェックするようにしていました。

しかし、そういったものが仕入れられることもなく、徒労に終わっていました。そのうち"Charlie Brown"のコーナーは無くなり、売り場も縮小され、ワタシもいつか有耶無耶になっていきました。

今ならわかります。実は同じ企画のレコードはその後4枚発売されていたのですが(後述)、5枚仕入れた"Charlie Brown Records Presents A Charlie Brown Christmas"が売れてないのですからそれらが仕入れられるわけがありません。レコード屋だって商売ですからね。

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ワタシがCharlie Brown Recordsのレコードと再会するのは大学生になってからです。場所はやはり渋谷のタワーレコードで、その時は既にヴィンス・ガラルディの3枚のレコードを購入済みでした。

その時出会ったのは12インチのLPではなく7インチ盤で、内容はやはりTVスペシャルを収録したものでした。何故かレジ横に置かれていたので見つけやすく、幸運にも偶然の出会いとなったのでした。11種類のレコードがあり、まとめて購入しました。

7インチ盤ですから当然収録時間は短くなっていますが、基本コンセプトは12インチのLPと一緒でした。また、小さくなった分12インチLPでは12ページだったブックレットは24ページになっていました。どれも冒頭に「やあ、僕チャーリー・ブラウン。チャイムが鳴ったらページをめくってね」というようなナレーションが入っており、実際にページをめくるタイミングでチャイム音が収録されていました。明らかに12インチLPよりも低年齢向け仕様です。

しかし、この7インチのシリーズで驚かされたのは、ラインナップに映画"Snoopy, Come Home"が含まれていたことです。

聴いてみると映画で使われていたシャーマン兄弟の音楽は全く無く、すべてヴィンス・ガラルディの音楽に差し替えられていました。音楽が変わるとこうも変わるものなのか、仕上がった作品はどちらかというと原作に近い雰囲気で、これはこれで面白かったと思います。

大谷芳照さんを通じてアメリカのデリック・バング氏とパイプができた時に、「こんな面白い音源があるんですよ」とCDにして送ったりしましたが、それはずっと後々の話。

タワーレコードでは同企画のカセットテープ版も見つけましたが、流石にそれには手を出さず…。

12インチLPの"Charlie Brown Records Presents A Charlie Brown Christmas"以外のものを揃えだしたのは、40周年記念アルバムが発売され自分の中のピーナッツ熱が再燃してからです。

既に働いていたので購買力も上がっており、インターネットの普及によってWEBで購入できるようになったのが大きいですね。そもそも、"Charlie Brown Records Presents A Charlie Brown Christmas"以外の盤が出ていると知ったのもインターネットのおかげです。

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Charlie Brown Records についてもう少し書こうと思います。

The Disney Wiki という英語のサイトがありまして、ここにCharlie Brown Records についてのまとめがあるんですが、これがまあ見事に使い物になりません。看板ばかりデカくて不十分で不正確。しっかりしろアメリカ人。

ということで、自分の手持ちの現物などで考えつつ書きますが、一番最初にリリースされたのが、1977年の"A Charlie Brown Christmas"です。カタログ番号は3701。1977年の年末商品として発売されたものを"すみや"が仕入れ、その売れ残りを翌年にワタシが買ったという流れだったことが判ります。

1978年には、以下の4枚が追加で発売されました。

"Charlie Brown's All-Stars(カタログ番号3702)"
"He's Your Dog, Charlie Brown(カタログ番号3703)"
"It's The Great Pumpkin, Charlie Brown(カタログ番号3704)"
"You're In Love, Charlie Brown(カタログ番号3705)"

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12インチのLPレコードのリリースは、一旦この5枚で終了します。

1980年、今度は7インチの短縮版11枚が発売されました(カセットテープ版もあり※)。カタログは次の通りです。

"A Charlie Brown Christmas(カタログ番号401)"
"Charlie Brown's All-Stars(カタログ番号402)"
"He's Your Dog, Charlie Brown(カタログ番号403)"
"It's the Great Pumpkin, Charlie Brown(カタログ番号404)"
"You're in Love, Charlie Brown(カタログ番号405)"
"Snoopy, Come Home(カタログ番号406)"
"It's Your First Kiss, Charlie Brown(カタログ番号407)"
"You're a Good Sport, Charlie Brown(カタログ番号408)"
"It's a Mystery, Charlie Brown(カタログ番号409)"
"It Was a Short Summer, Charlie Brown(カタログ番号410)"
"You're the Greatest, Charlie Brown(カタログ番号411)"

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この7インチシリーズは、12インチのものが60年代の作品だけだったのに対し、4つの70年代作品と1つの映画がラインナップされているのが特徴です。"Snoopy, Come Home"がラインナップされていたことの驚きについては先に書いた通りです。

1981年から1983年の間は何もリリースが無かったようです。

そして、1984年になって突如"Flashbeagle(カタログ番号2518)"がリリースされました。

思えばこの"Flashbeagle"、Charlie Brown Records 唯一の真っ当な音楽もののレコードであり、唯一の日本盤が発売されたレコードでもあります。

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売れたかどうかはわからず、レーベルもこの作品を最後に閉めてしまったようです。

このほか、レコードは同じですがブックレットが付いていないという所謂"Read-Along"を捨ててしまったもの(カタログ番号2600番台)が3枚くらい出ているようです。ワタシは"Charlie Brown's All-Stars(カタログ番号2602)"だけ持っています。

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※カセットテープ版は、どうやらCharlie Brown Records ではなく、Western Publishingという会社の子会社のGolden BooksというところのSnoopy & Friendsレーベルからの発売だったようです。Charlie Brown Recordsのフランチャイズ権は1987年に同社に移った模様です(The Disney Wikiによる)。

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2024.02.13

Apple TV+の新作アニメ「おかえり、フランクリン」今週末配信

思ったよりも早く来ましたね。

新作アニメ「おかえり、フランクリン」がもうすぐ観られます。

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内容的には少し過去に戻ってフランクリンが転校してくるところから始まるようですが、コレはアニメ・オリジナルの設定で、彼には転校生という設定はありません。

クレジットを見てみると、フランクリンのラストネーム「アームストロング」の元ネタになった漫画家のロブ・アームストロングが脚本家の一人として名を連ねています。

これは興味深いですね。

果たして、どんな作品に仕上がったのか?

乞うご期待!

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2024.02.06

ピーナッツのレコードの日々:その3

私的50周年回顧ネタ。

1984年秋、とある日。友人から「スヌーピーのレコードが出るみたいだよ」と話しかけられました。

彼女が言うには、吉祥寺の新星堂に情報が出ていたとのことでした。早速現場に向かうワタシ。

店内をくまなく探すと、アニメ・コーナーに、「スヌーピーのフラッシュビーグル」11月21日発売、という情報があるのを発見しました。

正直、よくこんなのに気付いたな…というレベルの店員さんお手製のとても小さな記述でした。

今にして思いますと、この情報があったおかげで新品を発売日に買うことができたわけですので、店員さんには感謝です。

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しかし、このレコードには面食らいました。タイトル曲"Flashbeagle!"こそカッコイイ曲でしたが、ほとんどが子役が歌うフラッシュビーグルとは関係ない子供向けの歌ばかりでした。

そもそも、なんでこんなレコードが発売されたのかも解りませんでした。

このレコード収録の10曲のうち5曲がアニメ「フラッシュビーグルだよ、チャーリー・ブラウン」用に作られたものだというのは、裏ジャケのクレジットをよくよく読めばわかりますが、歌詞カードには何の説明もなく(しかも歌詞は誤訳ばかり)、3年後の1987年に東映ビデオから発売されたアニメ「フラッシュビーグルだよ、チャーリー・ブラウン」をレンタルして観て初めて理解したのでした。

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この「スヌーピーのフラッシュビーグル」は日本コロムビアから発売されました。日本盤のレコードとしては3枚目にあたるもので、アナログ時代では最後になります。

レーベルは、"Charlie Brown Records"でしたが、

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これを見てワタシはオォ!となりました。

と言いますのも、ピーナッツのレコードの日々:その1で書いた"Charlie Brown Records Presents A Charlie Brown Christmas"も同じレーベルからの発売だったからです。

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"Charlie Brown Records Presents A Charlie Brown Christmas"の裏ジャケを見ますと、"distributed by Buena Vista Distribution Co."の表記がありますが、これは当時中学生だったワタシも気になっていました。

1977年に指揮者レオポルド・ストコフスキー(ストコ先生)が亡くなった時、追悼盤として映画「ファンタジア」のサントラ盤が再発されましたが、その販売元は「ブエナビスタ」でした。当時「レコード芸術」誌でこの広告を見て「ブエナビスタ」という何語かもわからない発音しずらい聞いたこともない名前のレコード会社に違和感を持ち、よく覚えていたのです。

で、"distributed by Buena Vista Distribution Co."の文字を見た時に、「ひょっとして、このレコードはディズニーが出しているのか?」と思ったのです。

「ブエナビスタ」=ディズニー・レコード、という確信があったわけではないのですが、当時ディズニー関連のレコードは日本コロムビアから発売されていたことと、「スヌーピーのフラッシュビーグル」も日本コロムビアから発売されたことを合わせて、正しかったんだ、と思ったのでした。

スヌーピーのレコードをディズニーが出している…日本にはスヌーピーとミッキーをライバルだと思っている人が少なからずいますが、こういう人が知ったら驚くでしょうねぇ。

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2024.02.04

ピーナッツのレコードの日々:その2

私的50周年回顧ネタ。

ワタシがいつ「スヌーピーとチャーリー」と「スヌーピーの大冒険」のサントラ盤を買ったのか、これが何故か記憶があいまいでよくわかりません。

とりあえず、大学を卒業するまでには買っていましたが…。

ちなみに、現在ワタシが所有している盤、「スヌーピーとチャーリー」は見開きのダブルジャケットですが、「スヌーピーの大冒険」はシングルジャケットです。月刊スヌーピーにはジャケットを開いた写真を使った「スヌーピーの大冒険」のサントラの広告が載っていましたので、日本盤も最初はダブルジャケットだったことは間違いないですが。

大学時代の先輩で、「スヌーピーの大冒険」のダブルジャケットの輸入盤LPを持っている人がいましたが、それはなんとシーリングされた状態で中古屋で売られていたものだったのです。

先輩は「今さら開封できないよ」と嘆いていました。

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ヴィンス・ガラルディの2枚のサウンドトラック盤 "A Charlie Brown Christmas"と"A Boy Named Charlie Brown"には、大学時代に出会いました。

出会いは渋谷のタワーレコードです。まだタワーレコードが日本に4店舗くらいしかなかった頃です。

その頃の渋谷のタワーレコードは今の場所と違い、宇田川町のビルの2階と3階で開業していました。1階は古着屋だったような。扱い商品は本当に輸入盤だけ。ユーロ・ロックがズラッと1列というのは普通のレコード屋ではありえない光景でしたね。当然日本人アーティストのレコードは置いていませんでしたが、高中正義の海外盤なんかがあって驚いたものです。

で、ある時3階のジャズ売り場に行き、まさかヴィンス・ガラルディとかあったりしないよな~などと思いつつ"V"の列を目て追っていきますと、あるではないですか、"Vince Guaraldi" の仕切りが。

ワタシはそこにあった"A Charlie Brown Christmas"と"A Boy Named Charlie Brown"の2枚のレコードを購入したのでした。

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ピーナッツ・アニメの音楽が好きだったとはいえ何の予備知識もなかった当時のワタシでした。

"A Charlie Brown Christmas"が、あの「チャーリー・ブラウンのクリスマス」のサントラ盤であることは最初から解っていました。実際に聴いてみるとあの番組で使われていた音楽が多数ステレオで収録されており感動しました。

しかし、もう1枚の"A Boy Named Charlie Brown" の正体は何だか解りませんでした。最初は同名の映画のサントラ盤かと思いましたが、聴いてみますと全然別物でした。Origial Soundtrackと書いてはあるものの、いったい何のサントラ盤?といった状態でした。馴染みのない曲も多く、70年代のヴィンス・ガラルディに触れそのサウンドに心酔していたワタシにとっては些か古臭くも思えました。

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それでも1つ気付いたのは、「ライナス・アンド・ルーシー」が代表曲なのだ、ということでした。

「ライナス・アンド・ルーシー」は2枚のレコード両方に収録されており、扱いが別だったのです。

ワタシは「チャーリー・ブラウンの感謝祭」を観た時に、その曲(まだ「ライナス・アンド・ルーシー」というタイトルであることは知らず)がとてもいい曲で印象に残っていましたので、その時は「やはり」と思ったものでした。

・・・・・・

その後、ヴィンス・ガラルディのもう1枚のピーナッツのレコードをタワーレコードで見つけました。

タイトルは、"Oh, Good Grief"。

ピーナッツのアニメで使用された曲を収録していますが、サントラ盤ではないようです。ともかく即買いですね。

こちらにももちろん「ライナス・アンド・ルーシー」は収録されていましたが、前の2枚のようなピアノ・トリオではなく、ギターやハープシコードも使って華やかな印象になっていました。

その他、「恋してるんだよ、チャーリー・ブラウン」のテーマ曲など馴染みのある曲が多く収録されており、どちらかというとこっちの方が愛聴盤になっていくのでした。

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2024.01.21

ピーナッツのレコードの日々

私的50周年回顧ネタ。

ワタシは小学生の頃から大の音楽好きで、父親のステレオセットでやはり父親のコレクションのレコードを聴くのが大好きでした。自然とクラシックがメインになりましたが。

自分のレコードは誕生日プレゼントに1枚貰うことにしており、好きなものを選ばしてもらっていたんですが、決して貧乏ではなかったにも関わらず1300円くらいで買える廉価盤ばかりを選んでいました。今思うと無駄に気を遣ってましたね。ですので、カラヤンやベームといったグラモフォンのものは全く聴かずに育ちました(グラモフォンは全く廉価盤を出しておらず、且つ他メーカーより値段が100円高かった)。

そんな状況ですので、当時リリースされていた「スヌーピーとチャーリー」と「スヌーピーの大冒険」のサントラ盤には手を出せずにいました。

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中学校に入学してからは小遣いが貰えるようになり、それからは自分でレコードを買うようになりましたが、早ぐに「スヌーピーとチャーリー」や「スヌーピーの大冒険」を買ったのかといえばそうではありません(ひょっとしたら既に廃盤になっていたかも)

1970年代後半、ワタシは横浜駅周辺によく出没するようになっていました。横浜はレコード店がたくさんあり、ダイヤモンド地下街(現在は相鉄ジョイナスに統合)だけでも5~6店はあったように思います。

そんな中でも、岡田屋(現・横浜モアーズ)の中にあった”すみや”は横浜最大の売り場面積で、輸入盤を取り扱っていたのも横浜ではここだけだったと思います。

1978年のある日、ワタシは”すみや”でなんとなく輸入盤コーナーを眺めていました。たまたま"SOUNDTRACK"のコーナーを見ていると、"CHARLIE BROWN"という見出しが目に留まりました。

え?と思い漁ってみると、"Charlie Brown Records Presents A Charlie Brown Christmas" と書いてあるLPが5枚くらい入っていました(それ以外は何も無く)。値段は確か1700円くらいでした。

ジャケには色々なことが書いてありました。

"Music and Story from the Original Soundtrack By CharlesM. Schulz" ・・・所謂ドラマを収録したレコードのようです。

"Includes a 12-Page Read-Along Book of Full-Collor Illustrations" ・・・12ページのカラーイラスト付きのシナリオがブックレットになっているようです。

躊躇する必要なくこれは買いです。早速1枚を手に取り会計を済ませ、家路を急いだのでした。

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こうして人生初の輸入盤購入はピーナッツのレコードになったわけですが、家に着いて開封してみると中々に粗悪なものだったことにまず驚きました。

レコードの内袋というものは大抵ポリ製なんですが、このレコードの内袋は紙製で、取り出したレコードは紙の埃でまみれていました。プレスもなんとなく荒い感じがしました。

アメリカのレコードは音がパワフルだけどカッティングは日本の方が良い、とは聞いていましたが...。ほろ苦い輸入盤デビューでした。

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レコードに針を下ろします。取り切れなかった埃のためノイズ混じりでしたが、少年合唱のあの曲のピアノのイントロが始まりました。まごうことなき「チャーリー・ブラウンのクリスマス」のドラマでした。ブックレットのシナリオを追いながら聴くこと約23分、聴き終えたワタシは充足感に浸っていました。ハッキリ言って音声はフィルムのサウンドトラックから取ったような低音質でしたし当然モノラルでしたが、そんなことは些細な事でした。

本物のチャーリー・ブラウンたちの声はこんななんだ…。「スヌーピーとチャーリー」の挿入歌が子供の声だったので子供が演じているのだろうと感じていましたが、まあこれがリアルなんだろうな~と思いました。でも正直、谷啓の方がいいな、とは思いました。

続く

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2024.01.20

不遇な作品「恋するヒマもないよ、チャーリー・ブラウン」

昨日の記事の補足です。

昨日の記事で、テレビを付けたら画面にスヌーピー扮する”世界的な有名な売り子”がレジ打ちをしているアニメが映し出された、と書きましたが、ひょっとしたら「そんなシーンは無い」とかいう人がいるかもしれません。

というのも、この”世界的な有名な売り子”のシーンは最初の谷啓の時しか放送されず、その後のなべおさみ版やNHK衛星第2やカートゥーン・ネットワークではカットされていたからです。ここをカットすると、帰りのバスに乗るときにスヌーピーの足にカートが引っ掛かっているシーンと繋がらないので変なんですけれどね。

というか、そもそもこの"世界的に有名な売り子"のシーンは本作の唯一で最大のスヌーピーの見せ場ですよ。それをカットするとかあり得ませんがね~。

このシーンが再び日本で観られるようになったのは、2009年にワーナー・ホームビデオから発売されたDVDでした。

因みに、その間にも東映ビデオ、学研ビデオ、ポニーキャニオンなどでピーナッツのアニメはソフト化されていましたが、本作はラインナップに含まれませんでした。ワーナー・ホームビデオでも「1970年代コレクションVol.1 」に所収されただけで単品のリリースは無く、結構不遇な作品なんですよね。

今はもちろんApple TV+でノーカットで観られます。

個人的には初対面の思い出のシーンが延々とカットされ続けていたというのがなんとも残念でしたね。

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2024.01.19

ピーナッツのTVアニメとの出会い

私的50周年回顧ネタ。

とその前に、今「ハリー・ポッターと秘密の部屋」を観てたんですが、英語音声に切り替えたら吹き替えと全然声が違うんでびっくりしました。ちゃんと声変わりしてるじゃん。どうも声とルックスが合わないと思いましたよ。

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1975年12月29日。大掃除で一息入れてテレビを付けたら、画面にスヌーピー扮する”世界的な有名な売り子”が歌をBGMにレジ打ちをしているアニメが映し出されました。

ワタシはあまりの突然のことにびっくりしました。

新聞のラテ欄を見ると、「恋するヒマもないよ、チャーリー・ブラウン」の文字が。

ピーナッツのアニメというと、劇場用作品「スヌーピーとチャーリー」と「スヌーピーの大冒険」の2作があることは知っていましたが、TV用作品があることはこの時初めて知りました。

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”世界的に有名な売り子”は、ピーナツ・ブックス30巻「そっとおやすみ、スヌーピー」に所収されていたので知っていました。レジ打ちに世界的に有名なんてのがいるのか?と面白がっていたエピソードです。偶然そのエピソードが初対面だったというのは今思うと運命的ですね。

そしてそのシーンにかかっていた歌は、のちの1990年に発売されたCD「ハッピー・アニバーサリー、チャーリー・ブラウン」でB.B.キングにカヴァーされ、それで「ジョー・クール」というタイトルだということを知りました。歌っていたのがヴィンス・ガラルディ本人だということを知ったのはもっと後です。

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ルーシーの声は割とイメージに合っているな、と思いましたが、チャーリー・ブラウンとライナスは何でこんな声なんだ?と思いました。

最後のテロップを見ると、チャーリー・ブラウン役は谷啓でした。何で谷啓?丸顔で選んだ?などと思いました。

ライナスは何と野沢那智でした。えっあれが野沢那智?アラン・ドロンの?…野沢那智が「悟空の大冒険」や「チキチキマシン猛レース」で変な声を出していたことは当時は知りませんでした。

大人が声を当てていることについては特に気にはなりませんでした。当時のワタシがピーナツ・ブックスを読んだ印象として、キャラクター達がものすごく大人に思えていました。やっていることとかセリフ回しとか。ですので正確には気にならないどころかむしろ気に入っていました。逆に子供の吹き替えだったら、きっと子供っぽくてイメージに合わない、と思っていたでしょうね。

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さて、途中からではありますが「恋するヒマもないよ、チャーリー・ブラウン」を観終わりました。次回予告では翌日に「もう一度ひいて、チャーリー・ブラウン」を放送するというではありませんか。これは当然観なければ。

「もう一度ひいて、チャーリー・ブラウン」は、シュローダーがメインの作品でした。

弾くのはシュローダーなのに、なんでチャーリー・ブラウン?。これは原題(Play It Again, Charlie Brown)の直訳だったんですが、当時の自分にはわかるはずもなく。回を重ねるに従い、タイトルには全部チャーリー・ブラウンが付くということが解りましたが。

しかしシュローダーの声がものすごい二枚目声。声を当てていたのは田中亮一。「デビルマン」の不動明役が有名ですね。ハッキリ言ってシビれました。

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かくしてピーナツ・ブックスのみならずアニメのピーナッツにも心奪われたワタシでしたが、テレビでは夏休み・冬休み・春休みに不定期に放送するものだということが判りました。

それからは長期休暇に入ると朝一で新聞のラテ欄にチャーリー・ブラウンの文字がないかどうかを確認することが習慣になりました。放送があることが判ると「ヤッター」てな感じでしたね。

もちろん録音しました。そして繰り返して聴いたものですが、セリフだけでなく音楽の素晴らしさにも魅了されました。

今のワタシはピーナッツ関連のDVDやレコード・CDを買い漁るマニアになりましたが、事の始まりは1975年の12月29日だったのでした。

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